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資産家令嬢誘拐事件
資産家令嬢誘拐事件7『決断』
しおりを挟む翌日の朝、佐伯は重苦しい気持ちで目を覚ました。
昨日の手紙の内容が頭を離れない。
別荘A-22――あの場所が指定されたことが何を意味しているのか、彼は痛いほど理解していた。
過去に犯した罪が、再び目の前に立ちはだかろうとしている。
「どうすればいいんだ……」
佐伯は一晩中考え続けていた。
警察に打ち明けるべきか、それとも自分一人で犯人の元に向かうべきか。
どちらを選んでも、娘の命が危険に晒される可能性がある。
朝食のテーブルに座っていた妻は、疲れきった顔で彼を見つめていた。
目は腫れ、何も食べられない状態でいた。
彼女もまた、娘を救いたい一心で葛藤しているに違いない。
「あなた……今日は何か動きがあるの?」
妻が弱々しい声で尋ねた。
「……大丈夫だ。警察も捜査を続けている。きっと、何か手掛かりが見つかるだろう」
佐伯はそう答えたが、その言葉には全く自信がなかった。
何も知らない妻を安心させるために言っただけだった。
彼自身は、あの別荘に行く決断をするしかないことを痛感していた。
「今日の午後……決断しなくてはならない……」
彼は心の中で静かに決意を固めた。
午後3時、犯人との対決の時が来る。
自分だけで別荘に向かい、何とかして娘を救い出すしかない。
しかし、それがどれほど危険な選択かも十分に理解していた。
---
午後が近づくにつれ、佐伯の心臓は次第に早鐘のように打ち始めた。
家の中にいることが耐えられなくなり、彼はそっと家を出た。
警備の警察官には、コンビニに買い物に行くとだけ伝えた。
ポケットの中には、犯人からの手紙が潜んでいる。
そこには、犯人の要求が刻まれている――「警察に知らせれば、娘の命はない」。
「自分だけで……やるしかない」
そう自分に言い聞かせ、佐伯は車に乗り込んだ。
伊豆ダイヤモンドタウンまでの道のりは2時間ほど。
道中、佐伯は何度も引き返そうかと考えたが、その度に、美夏の無邪気な笑顔が頭をよぎり、運転する手が止まることはなかった。
---
午後3時少し前、伊豆ダイヤモンドタウンの別荘地に到着した。
あたりは静まり返っており、別荘地にはほとんど人影が見えない。
佐伯は別荘A-22の前に車を停め、しばし考え込んだ。
「本当にここで娘が……」
過去に何度も訪れたこの場所。
だが、佐伯にとって、この別荘は過去に犯した罪の象徴でもある。
経営が破綻寸前だったあの頃、1億の運転資金を借りた相手をこの場所で殺害し、その遺体を裏山に埋めた――そのことが頭に蘇る。
その後、奇跡的にヒット商品が出て経営は持ち直したが、あの罪の重さは決して消えない。
佐伯は今、その罪の代償を払わされようとしているのだろうか。
「なぜ……犯人はこの場所を知っている……?」
佐伯は手紙を握りしめ、震えた手で別荘の扉を押し開けた。
---
別荘の内部は薄暗く、埃が溜まっている。
数年使われていないことが一目でわかるが、何か異様な空気が漂っていた。
心臓の鼓動が耳元で響く中、佐伯は慎重に奥へと進んでいく。
「美夏……」
名前を呼んでも、返事はない。
ただ、静寂が彼を包み込むだけだ。
その時、携帯が震えた。
佐伯は反射的に手を伸ばし、画面を確認した。
――犯人からのメッセージだ。
「扉の奥に進め。娘を見たければ、指示に従え」
佐伯は再び息を詰まらせたが、言われるままに進んでいく。
恐怖と緊張が全身を包み込む中、彼はさらに奥の部屋へと足を踏み入れた。
---
部屋の中央には、一台の椅子が置かれていた。
椅子の上には、小さなモニターがあり、そこに何かが映し出されている。
「これは……」
佐伯は驚愕した。モニターには、美夏の姿が映っている。
彼女はどこか別の場所に監禁されている様子だった。
「美夏……!」
佐伯が叫んだ瞬間、モニターの映像が一瞬消え、そして、犯人の声が響き渡った。
「佐伯、お前は選ばなければならない。過去の罪を隠すためにまた嘘をつくか、それともすべてをさらけ出すか――」
その声は冷たく、恐ろしく響いた。
「お前がここで打ち明けることを選べば、娘は無事だ。だが、また嘘をつけば、娘の命はここで終わる」
佐伯は頭を抱え、崩れ落ちた。
全身が震え、言葉が出てこない。
過去を打ち明けるわけにはいかない――だが、娘を見殺しにすることなどできない。
「どうすればいいんだ……」
佐伯の苦悩は深まり、モニターの映像が再び点滅し、再度、犯人の声が冷たく響いた。
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つづく
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