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資産家令嬢誘拐事件
資産家令嬢誘拐事件3『突入』
しおりを挟む「突入準備完了!」
特殊犯捜査係(SAT)の隊長が指示を出した瞬間、静寂に包まれていた廃工場が一気に緊張感で満たされた。
隊員たちが銃を構え、目を光らせながら突入の合図を待つ。
優斗も、鋭い眼差しで廃工場の入り口を見つめていた。
「翔さん、これから突入します。慎重に進みますが、何か異常があったらすぐに連絡をください」
優斗は、リモートで現場をサポートする翔に冷静な声で伝えた。
「……了解だ、優斗。気をつけて行け。私はこちらから可能な限りサポートする」
だが、翔の言葉の裏には微かに動揺が隠されていた。
突入という緊迫した状況を目の当たりにすると、彼の頭の中に過去の記憶が不意に押し寄せてきた。
---
あの日、あの瞬間の判断が誤っていたら。あの時、自分の判断が仲間を危険に晒していたこと――。
翔はその記憶を振り払おうとしたが、精神的な重圧が肩にのしかかる。深く息を吸い込み、彼は自分を励ました。
「今は美夏を助けることに集中するんだ……」
翔は自らに言い聞かせるように呟き、モニター越しに現場の様子を注視した。
---
「突入!」
隊長の合図とともに、SAT隊員たちは一斉に廃工場へと突入した。
鉄扉が開き、音を立てて工場内に侵入していく。
工場の内部は埃っぽく、長年使われていないことが一目でわかる状態だった。
だが、異常な静けさが漂っている。
優斗は息を詰めながら、手元の懐中電灯で辺りを照らして進んでいった。
荒れた床、放置された機械、そしてどこか冷たい空気が漂う廃工場。
しかし、どこにも人の気配はない。
美夏も、犯人の姿も見当たらない。
「優斗、何か見つけたか?」
翔が慎重に問いかけるが、優斗は頭を横に振る。
「何もない……翔さん、これは罠かもしれない。美夏さんはここにいない……」
その時、優斗の視線が足元にある小さな物に釘付けになった。
埃にまみれた床に落ちていたのは、美夏が持っていたGPSキーホルダーだった。
それは一見して普通のキーホルダーに見えるが、佐伯が持たせていた位置追跡機能を備えた特別なものだ。
「キーホルダーがあった。美夏さんが持っていたものだ……」
翔もすぐにその情報を聞いて考え込んだ。
キーホルダーは一見してGPS機能があるとはわからない。
それにもかかわらず、犯人はそれに気づき、巧妙に取り除いている。
「犯人はこのキーホルダーに気づいたんだ……なぜ、そんなことができた?美夏さんの行動を細かく監視していたのか?」
翔の声には、深い疑念が混ざっていた。
犯人はこの廃工場をあえて選び、警察を誘い込むための罠を仕掛けたのだろう。
「優斗、これは完全に計画された罠だ。犯人は最初から私たちがこの場所を特定することを見越していた。美夏さんはここに連れてこられていたかもしれないが、すでに移動させられている……」
「くそ……」
優斗は歯を食いしばりながら、キーホルダーを拾い上げた。
冷たい金属の感触が彼の焦燥をさらに煽る。
手掛かりが目の前にあるにもかかわらず、美夏を助けることができない無力感が、心に重くのしかかる。
---
突入の失敗の報が捜査本部に届くと、佐伯はその場に崩れ落ちそうなほど動揺した。
帰宅した優斗が自宅に到着するやいなや、佐伯は激しい怒りをぶつけてきた。
「なんでだ!なぜ娘を助けられなかったんだ!お前たちはプロじゃないのか!?美夏がどこにいるかもわからないまま突入して、何も得られないのか!」
佐伯の怒りは、無力感と絶望が交じり合ったものだった。
その目は怒りに燃え、言葉が途切れることはなかった。
彼の妻は、涙を流しながら震える手で口元を押さえていた。
「どうして……どうして美夏は戻ってこないの……」
「……申し訳ありません」
優斗はその言葉しか返せなかった。
彼自身も、廃工場で何も見つけられなかったことに深い自責の念を抱いていた。
焦燥感と無力感が、彼の心を蝕んでいく。
「だが、私たちはまだ諦めていません。必ず美夏さんを助け出します。どうか、少しだけ時間をください」
その言葉には、優斗自身への言い聞かせの意味も込められていた。
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その時、佐伯のスマートフォンが再び震えた。
犯人からのメッセージだった。
「次の指示だ。身代金を用意しろ。場所は……」
佐伯がそのメッセージに目を落とすと、その場に凍りついた。
顔から血の気が引き、手は震え始めた。
指定された場所を見た瞬間、佐伯は言葉を失った。
「……この場所は……」
佐伯はその言葉を飲み込んだ。
佐伯はそのまま無言でスマートフォンを握りしめ、震える手でそれを優斗に渡すだけだった。
その場所には、ある秘密が眠っていた――だが、それを打ち明けることは決してできなかった。
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つづく
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