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キャンプ場連続殺人事件
キャンプ場連続殺人事件16『暗礁』
しおりを挟む和也が崖から飛び降りた翌日、捜査本部には重い空気が漂っていた。
和也がこの事件の鍵を握っていたと捜査員たちは考えていた。
その彼の死が、捜査を振り出しに戻す恐れを引き起こしていた。
「被疑者、原田和也の死亡が確認されました。遺体は回収され、現在、鑑識に回していますが……」
冷静な声が捜査本部内に響く。
その声はまるで、静かに押し寄せる暗雲のように周囲を包んでいった。
会議室に集まった捜査員たちは皆、沈黙したままだった。
視線は宙をさまよい、表情にはどこか焦燥感が見え隠れしている。
「正直なところ……頼みの綱だった。彼が生きていれば、真相にたどり着けたかもしれない。」
優斗が、悔しさを滲ませながら言葉を絞り出す。
拳を強く握りしめたその手には、わずかに汗が滲んでいる。
麗子も険しい表情を崩さず、無言で頷いていた。
彼女の中にも、強烈な不安と苛立ちが渦巻いている。
何かを掴みかけたという確信があったにも関わらず、それが指の間からすり抜けていくような感覚。
それが、この場にいる全員の心を締め付けていた。
一方、翔はリモート画面の向こう側で、静かにそのやり取りを見守っていた。
彼の顔には明らかに疲労の色が浮かんでいるが、その目は依然として鋭い光を放っている。
和也の死が捜査に大きな壁を作ったことは、翔も理解していた。
しかし、彼の脳内では既に次の一手を考える歯車が回り始めていた。
「ネットの痕跡も徹底的に消されているようです。」
優斗が捜査本部の重苦しい空気を切り裂くように言葉を継いだ。
「『ナチュラル・ハーモニー』というアカウントをたどろうとしましたが、犯人は巧妙に痕跡を隠しています。プロキシサーバーを使い、複数の偽装アカウントを経由していて、発信源を突き止めるのは非常に困難です。」
「つまり、手がかりは何もないわけか……」
課長は苦々しい顔で、低くつぶやいた。声には苛立ちと焦りが滲んでいた。
捜査本部内は再び沈黙に包まれた。
和也の死と、ネット上の痕跡を消すほどの犯人の巧妙さに、誰もが手詰まりを感じていた。
「まるで壁だな……」
誰かがそう呟いた。
それはまさに、今この場を包む空気そのものを的確に表現していた。
次に進むべき道が見えず、捜査は暗礁に乗り上げたかのようだった。
その時、リモート画面の向こうにいる翔がゆっくりと息を吐いた。
「……足を止めている暇はない。もっと根本的なところから整理し直す必要があるな」
優斗と麗子は、リモート画面を見つめながら耳を傾けた。
翔はすでにパソコンに向かい直し、これまでの事件の全データを一つ一つ整理し始めていた。
いつもの冷静さを取り戻し、沈着冷静な表情で画面を見つめている。
「まず、和也が最初に『ナチュラル・ハーモニー』と接触したタイミングだ……」
翔は独り言のように小さくつぶやき、画面に表示された過去のデータを確認し始めた。
和也がそのアカウントとやり取りを始めたのは、約8年前。
それに続くようにして、被害者たちが殺されていった。
「なぜ和也だったのか……」
その疑問が翔の頭に浮かんだ。
和也が何故、犯人にターゲットにされたのか、その理由がまだはっきりしていない。
彼の過去、そして『ナチュラル・ハーモニー』とのつながりが何かを示しているのは明らかだったが、それが何なのかはまだ見えてこない。
「『ナチュラル・ハーモニー』はただ操っているだけではない……心理的な支配を目的としている。和也はその駒に過ぎなかった……だが、駒にしてはなぜあれほど強く依存していたのか?」
翔は事件のピースを一つ一つ並べるように思考を巡らせていた。
なぜ和也が犯人にそこまで強く支配されていたのか、その背景に何があるのか。
まるで長い時間をかけて、犯人が和也を精神的に壊していったかのような印象があった。
「やつは、人間の精神を巧妙に操る方法を知っている……」
翔は、パソコンの画面に目を落とし、さらなる手掛かりを探し始めた。
和也が犯人にどのように取り込まれ、どのように利用されていったのか。
それを知ることが、事件の全容を解明するための鍵になると感じていた。
和也の死によって捜査は一時的に暗礁に乗り上げたが、まだ終わりではなかった。
いや、むしろここからが本当の始まりなのかもしれない。
「精神的に支配する……まるで……」
翔の目が一瞬鋭くなり、何かに気づいたようにパソコンの画面に顔を寄せた。
「精神科医……?」
翔の中で、一つの仮説が生まれ始めていた。
犯人が和也を心理的に操り、長期にわたって支配していたという事実。
それを実行できるのは、精神医学に精通している人物かもしれない。
犯人の正体は、ただの犯罪者ではなく、精神科医――それも、極めて異常な思考を持つ者の可能性が高い。
翔の手は止まらず、次々とファイルを開いていく。
犯人が精神的にターゲットを操る手口、その背後にある本当の狙いが見え隠れし始めていた。
「これが最後のピースかもしれない……」
翔は静かに呟いた。
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つづく
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