リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴

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キャンプ場連続殺人事件

キャンプ場連続殺人事件5『白骨』

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 優斗と捜査チームは、木傘山キャンプ場の入り口で車を降りた。

 ひんやりとした空気が漂う山道は、霧がかかり、昼間でありながらどこか不気味だった。

 木々が密集し、道はまるで迷路のように入り組んでいる。

 昨日、不審な男を追いかけた場所――優斗は再びその場に立っていることに気づき、唇をかみしめた。

「あの時、ここで見失ったんだよな…」
 優斗は、少しばかり自分への苛立ちを抑えきれずに呟いた。

 隊員たちは周囲を警戒しながら進んでいくが、道が複雑すぎて視界が遮られ、先が見通せない。

 優斗は手にしたスマホを取り出し、翔とのテレビ電話を繋げた。

 画面に映る翔の顔は、いつものように冷静だったが、その表情の奥には警戒心が滲んでいた。

「翔さん、山道に到着しました。こちら、まるで迷路のようです。逃げ込むには絶好の場所ですね。」
 優斗は慎重に周囲を見渡しながら報告した。

 樹々に囲まれた道は、まるでこの場所を知る者以外は決して逃れられない罠のようだった。

「そうだな、優斗。この場所を知らない者にとっては、迷い込めば出られなくなるだろうな。」

 翔の冷静な声がスマホ越しに響いたが、その奥には何か重たいものを感じた。

「ドローンを飛ばしているが、上空からの映像も迷路そのものだ。分岐が多すぎる。これだけ道が入り組んでいれば、少しでも間違えれば簡単に迷ってしまうだろう。」

 ドローンの映像がリアルタイムで送られてくる。

 画面には、無数の分岐と行き止まりが映し出されていた。

 木々に覆われた山道は、道幅も狭く、奥へ進むほど光が届かない暗闇に包まれているようだった。

 優斗はその映像を見つめながら、次第に不安が募るのを感じた。

「奴は、あえてこの場所を選んだのかもしれませんね。迷路のようなこの道を知っていた上で…。まるで、この場所に誘い込むために計画されたように見えます。」

 優斗は険しい表情で呟き、再びスマホ越しに翔に問いかける。

「そうだ、優斗。計画的な動きだ。この道の構造を熟知している者でなければ、このような場所を選んで逃げ込むことはできない。間違いなくホシはこの場所を事前に把握していた。」

 翔の声は淡々としていたが、その言葉には確信があった。

「優斗、さらに奥へ進んでみろ。ドローン映像の先に、何か古い建物が映っている。」

 優斗とチームは慎重に山道を進んでいく。

 木々がさらに密集し、足音を吸い込むような静けさが辺りを覆っていた。

 緊張感がチームの間に漂い、全員が黙ったまま周囲を警戒していた。

「この先だ……」
 翔の声が低く響く。

 普段の冷静さとは違う、何か重たい予感がその声には込められていた。

「先に古い山小屋がある。念のため中を確認してくれ。」

 優斗の心臓が鼓動を速めた。

 足元の土が、歩くたびに不快な音を立てる。

 まるでこの場所そのものが、彼らを拒んでいるかのようだった。


 ---

 小屋に近づくと、その朽ち果てた姿が目に入ってきた。

 木製の扉は腐りかけており、錆びついた錠がかけられていた。

 長い年月、ここには誰も足を踏み入れていないことが一目でわかる。

 優斗はチームに目で合図を送り、慎重に錠を壊して扉を開けた。

 扉がゆっくりと開くと、内部から異様な臭気が漂ってきた。

 優斗は一瞬息を詰まらせ、手で鼻を覆う。

 隊員たちも思わず顔をしかめ、嫌な予感を抱いた。

「何だ、この臭いは……」

 小屋の中は暗く、床には埃が溜まり、壁はかびに覆われていた。

 古い家具が散乱し、まるで時が止まったかのような空間だった。

 優斗は懐中電灯を照らしながら、奥へと足を進めた。

 すると、そこに――床に横たわる人骨が目に入った。

「……なんてことだ……」

 優斗の心臓が一瞬、止まるかのように凍りついた。

 遺体は既に白骨化し、衣服は朽ち果て、腐敗の跡が生々しく残っていた。

 喉の奥から込み上げてくるものを必死に抑え込み、優斗はその場で立ち尽くす。

「クソッ……!」

 彼の声が震え、静寂に包まれた小屋の中に響いた。

 床に転がる遺体の傍らには、何かが置かれていた。

 優斗はしゃがみ込み、それを確認する。

「これは……ペンダントか?」

 小さな樹葉の形をしたペンダントが、遺体の傍に静かに置かれていた。

 優斗はそれを手に取り、再び翔に報告する。

「翔さん、遺体の傍にペンダントがありました。樹葉のシンボルです。」

「樹葉のシンボルか……わざと置かれているな。おそらく、奴は警察にこの遺体を見せたかったのだろう。計画的だ。」
 翔の声が冷たく響いた。

「遺体の持っていたリュックの中から免許証が見つかりました。長谷川絵里、30歳…自然写真家らしい。」

「自然写真家……」
 翔はすぐにパソコンで検索を続けた。

「彼女は、国内外の自然保護区を回って写真を撮っていた人物だ。アウトドア愛好家でもあり、このキャンプ場でも撮影をしていた記録がある。しかし、約1年前からSNSの更新が止まっている。」

「また自然を愛する人間か……」
 優斗は、深いため息をつきながら呟いた。

「これは……我々に対する挑発かもしれない。」
 翔の声が低くなる。

「ホシはこの山道の構造を熟知している。この小屋に我々を導くために仕組んだ可能性が高い。挑発に違いない。奴は計画的にこの遺体を見せたかった。」

「挑発……ですか。」
 優斗は息を詰めた。

 目の前の遺体、そしてペンダント。それは単なる証拠ではなく、犯人が自分たちを試しているかのようだった。

「ホシは確実に次の一手を打ってくるだろう。」
 翔が鋭い目つきで画面越しに言う。

「警察の動きを読んでいる可能性がある。至急、鑑識班を手配する。それまで現場の保存を頼む。」

「了解しました。」
 優斗は拳を握りしめ、震える体を押さえ込んだ。

 目の前の白骨化した遺体、樹葉のペンダント、それらが彼の中で湧き上がる怒りを掻き立てていた。

 犯人がわざと自分たちをここに導いたことは明白だった。

 犯人が彼らを挑発し、自らの存在を誇示していることに気づいた瞬間、胸の中で沸き立つものを抑えるのが難しかった。

 優斗は遺体の横で冷や汗を拭いながら、ペンダントをじっと見つめていた。

 このペンダントは、今回の事件において何を象徴しているのか。

 樹葉の形が何を意味するのか――その答えが優斗の頭の中で渦巻いていた。

「翔さん、このペンダントは何かのメッセージだとしたら……奴は何を伝えたいんだろうか?」

「樹葉は自然の象徴だが、同時に生命と死のサイクルも意味する。奴がこれを象徴として使うのは、犯行に対して何らかの哲学的な意味を持たせているのかもしれない。おそらく、単なる金銭目的や快楽殺人ではなく、この犯行は何かの『使命』や『儀式』のようなものかもしれない。」

 翔の推理に、優斗はふと息を詰まらせた。

 使命や儀式――それは、犯人が冷徹なだけでなく、極めて計画的かつ信念に基づいた行動を取っていることを示唆している。

「使命……儀式……」
 優斗はその言葉を反芻し、頭の中で何かが引っかかるのを感じた。
「犯人にとって、これは単なる殺人じゃない。何かもっと大きな目的がある……」

 その時、優斗の頭の中に閃くものがあった。

「もしかして、奴はまだ次のターゲットを狙っているのかもしれない……」

 優斗は目の前のペンダントを見つめながら、そう呟いた。

 もし犯人が他のターゲットをも狙っているならば、今回の殺人は単なる序章に過ぎない。

 優斗たちは今、犯人の「ゲーム」の一部に巻き込まれているのかもしれない。

 そう考えると、背筋が凍るような寒気を感じた。


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 つづく

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