リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴

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プロローグ

プロローグ『リモート刑事』

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 夜の静けさを切り裂くように、パトカーのサイレンが響き渡る。

 東京の繁華街の一角にある雑居ビルの前には、警察官たちが集まり、厳戒態勢を敷いていた。

 その中で、竹内優斗は無線機に耳を傾けていた。

「竹内、状況は?」

 今、無線機から聞こえたのは、笹本翔の冷静な声だ。

 翔は警視庁のエースでありながら、外出恐怖症により自宅から出ることができないでいた。

 過去のトラウマが、彼を現場から遠ざけている。

 翔はかつて、凶悪犯を追う捜査中に仲間を失い、自身も生死を彷徨う程の重傷を負った。

 身体の傷は回復したが、精神には重篤なダメージが残った。

 病名は「広場恐怖症(アゴラフォビア)」。

 この病気は、不安障害の一種で、広い場所や混雑した状況に対して強い恐怖や不安を感じる状態を指す。

 翔はその時のトラウマが原因で、外出や人混みを避けるようになり、自宅に引きこもる生活を余儀なくされている。

 しかし、彼の鋭い洞察力と捜査手法は、警視庁にとって欠かせない存在となっている。

 病気に苦しみながらも、翔はその制約を捜査に生かしている。

「今、建物の外に待機しています。ターゲットはまだ中にいるようです。人質がいる可能性もあります」
 優斗は周囲を見回しながら報告した。

 彼の短髪と鋭い目が、緊張感を漂わせている。

 翔はパソコンに向かい、キーボードを叩きはじめた。

 犯人のスマホカメラをハッキングし、室内の情報を得た。

 部屋の隅で、少女が泣いていた。

「くそっ、人質がいるな。7歳か8歳くらいの女の子だ。慎重に頼むぞ。」

「了解しました。指示をお願いします。」

「このホシには、ある傾向がある。彼の動きを引き出すために、手を打つ必要がある。」

「どうするんですか、翔さん?」
 優斗が尋ねると、翔は冷静な声で答えた。

「炙り出すんだ。フェイクニュースを流す。『そのビルで火災が発生した』と。奴はなにより火が嫌いなんだ。慌てて行動を起こすだろう。」

 数分後、犯人のスマホに、フェイク動画や偽画像などあらゆる情報が拡散された。

 犯人はそのニュースを目にし、焦りの表情を浮かべた。

 次に優斗は、翔の指示通り、三台のパトカーのスピーカーを使って、サイレンや避難勧告を大音量で流した。

 犯人は急いで部屋を飛び出し、逃げ出そうとした。

「今だ、動け!」
 翔の指示が飛ぶ。

 優斗はチームを率いて、すぐに動き出した。

 犯人が雨樋を伝って逃げるのを見計らい、優斗たちはそのルートで待ち伏せしていた。

 そして、犯人が地上に飛び降りた瞬間、優斗たちが一斉に飛びかかり、彼を取り押さえた。

「警察だ!動くな!」

 犯人は驚きと恐怖で動きを止め、次の瞬間には床に伏せた。

 室内にいた少女は無事で、犯人の逮捕はあっけなく終わった。

 … … …

 事件の報告を受けて、警視庁内は一時的にざわめきが起こった。

 山口麗子はモニター越しにリモートで指示を出す翔の姿を見つめ、眉をひそめた。

 知的な雰囲気を漂わせる彼女は、冷静に捜査を進める翔のやり方に懐疑的だった。

「また笹本の指示ですか。」
 麗子は腕を組み、課長の大沢啓二に向かって言った。

 彼女の視線は鋭く、眼鏡の奥の瞳には苛立ちが見て取れた。

「こんな馬鹿げたやり方。マスコミに知られたら笑いのネタです」

 大沢課長は少し禿げた頭を掻きながら、落ち着いた口調で返す。
「だが、被疑者は確保され、人質は無事だった。彼の指示があったからそ、今回の事件は速やかに解決できた。それが事実だ。」

「警察官がリモート捜査だなんて…他の者にも示しがつきません。」
 麗子の声には、微かな怒りが込められていた。

「彼は警察官としての正義を貫いた結果こうなってしまったんだ。我々にも責任がある。」
 大沢は短く答えたが、その言葉には深い意味が込められていた。

 … … …


 警視庁の捜査一課に戻った優斗は、すぐに翔に報告を入れた。

「翔さん、無事にホシを確保しました。あなたの指示がなければ、もっと時間がかかったかもしれません。」

 無線越しに聞こえる翔の声は、相変わらず冷静で穏やかだった。

「よくやった、優斗。現場にいた君たちがあってこその成功だ。」

「でも、どうして動揺して逃げ出すとわかったんですか?」
 優斗は少し不思議そうに尋ねた。

「奴のSNSやプロフィールから性格や特性を分析した。特にSNSは情報の宝庫だ。奴はクスリのやり過ぎで、過剰なパニックに陥ることがある。だからこそ、あのフェイクニュースで動揺すると思ったんだ。」

 優斗は翔の洞察力に改めて感心した。

「なるほど…翔さんの直感と分析力にはいつも驚かされます。」

「とにかく、人質が無事でよかった。」
 翔の言葉には、どこか寂しげな響きがあった。


 … … …


 その夜、翔は部屋で一人、コンピューターの画面を眺めていた。

 捜査が成功したにもかかわらず、彼の表情は暗かった。過去の事件の記憶が頭をよぎる。

 あの日、彼のチームは凶悪犯を追い詰める途中で襲撃を受け、仲間たちは皆命を落とした。

 翔だけが重傷を負いながらも生き残った。

 しかし、その傷は深く、彼の心に消えない痕を残した。

「またか…。」
 翔はつぶやきながら、パソコンの画面を閉じた。指先の震えが止まらない。

 身体は現場に戻ることを望んでいる。
 しかし、心の恐怖が足枷となり、外に出ることができない。

 引きこもりとなった自分を恥じながらも、彼はそれを克服する方法を見つけられずにいた。

 深夜、翔は警視庁のデータベースにアクセスし、未解決事件のファイルを一つずつチェックしていた。
 事件の分析、それが今の本職だ。

 画面には若い女性が写っており、その下に「未解決殺人事件」との文字が浮かび上がっている。

 翔は情報を精査し、しばらく考え込んでから、捜査モードに入った。

 7年前、神玉川キャンプ場で、24歳のイラストレーター高橋美咲の絞殺死体が発見された。

 彼女の胸には不気味な樹葉のマークが刃物で刻まれており、警察はこのシンボルを犯人だけが知る「秘密の暴露」として隠している。

 5年前にも、別のキャンプ場で同様に、27歳の旅行雑誌の編集者、佐藤麻美の絞殺死体が発見され、同じく胸に樹葉のマークが刻まれていた。

 二つの事件は連続殺人と考えられたが、決定的な手がかりが見つからず未解決のままである。

「優斗、気になる事件がある。」
 翔はスマホを手に取り、冷静な声で指示を出した。

「ああ、あのキャンプ場の事件ですか。」
 優斗もキャンプ場の事件の概要は、ある程度知っていた。

「この事件にはまだ多くの謎が残されている。そして、その謎を解く鍵が、被害者の遺体に残された樹葉の刻印にある。」

「でも、7年も前の事件です。今から新しい情報が出て来るとは考えにくいんじゃないですか?捜査本部ももう形だけのようですし。」

「犯行現場がキャンプ場で、被害者が若い女性、絞殺、胸に同じシンボルが刻まれている。しかも、このシンボルは警察しか知らないはずの情報だ。」
 翔の声には、確信がこもっている。

「なるほど。しかし…」
 優斗はまだ納得がいかない様子でいた。

 翔は少し間を置き、真剣な表情に変わる。

「…この事件が、私たちへの挑戦だと思ったからさ。犯人は私たち警察の動きを見越して、あえて証拠を残し、再び同じ場所で犯行を繰り返している。この事件には何かもっと深い意図が隠されているはずだ。」

「犯人からの挑戦…ですか。」
 優斗は驚きと共に呟いた。

「そうだ。犯人は我々に挑戦状を叩きつけている。そして、その挑戦に応じるのが私たちの仕事だ。」
 翔の声には決意がこもっていた。

「優斗、もう一度この事件を徹底的に洗い直し、犯人を追い詰めるんだ。」

 優斗は頷き、決意を固めた表情を見せる。
「わかりました、翔さん。やりましょう。」

 優斗もパソコンに向かい、翔の言葉を胸に再び事件の資料に目を通す。

 再捜査の決意を新たに、二人の捜査はここから本格的に始まるのだ――。


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つづく


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