サイボーグ刑事 鬼島新八

雨垂 一滴

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第1話 鬼の目覚め

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 第1話: 鬼の目覚め

 警視庁捜査一課。憧れの場所だった。相沢慎一は、まるで夢の中にいるような気分で課長室のドアをノックした。入れという声が響き、彼は緊張を抑えながらドアを開けた。

「相沢慎一、捜査一課に配属されました。本日よりよろしくお願いします!」

 まっすぐな眼差しで、課長の前に立つ相沢。その背筋はピンと伸び、まさに刑事としての理想を体現していた。課長は彼の挨拶に軽く頷き、デスクの書類に視線を落としたまま手招きをした。

「お前の相棒を紹介する。」

 相沢は、その言葉に胸が高鳴るのを感じた。捜査一課に配属されただけでなく、すぐに相棒まで任されるというのは期待以上だ。だが、次に課長の口から出た言葉が、彼の脳内で奇妙な混乱を引き起こした。

「鬼島新八。昭和の伝説の刑事だ。」

「し、昭和……ですか?」

 思わず声に出してしまった。昭和と聞いて、頭に浮かぶのは過去の人物。だが、課長は表情を崩さずに続ける。

「そうだ。だが、今はサイボーグだ。」

 相沢は耳を疑った。サイボーグ? 冗談だろうと思ったが、課長の顔は真剣そのものだ。疑念と驚きが交錯する中、背後でドアが開き、重々しい足音が響く。

 相沢が振り返ると、そこには一人の男が立っていた。身長は180センチを超える大柄な体格。黒いレインコートを羽織り、短く刈り込んだ白髪と鋭い眼光が印象的だ。だが、何よりも異様だったのは、その動きがまるで機械のように正確で無駄がないことだ。

「こいつが鬼島だ。」

 課長が紹介すると、男は無言で相沢を一瞥した。その目は何かを見透かすように鋭く、まるで昭和の刑事そのものがここに蘇ったかのような存在感を放っていた。

「…サイボーグ、なんですね?」

 相沢が恐る恐る尋ねると、課長は重々しく頷いた。

「警視庁と大学の共同研究で、思考の再生技術を開発した。鬼島の脳波パターンをデータ化し、AIに組み込んだんだ。技術的な詳細は後で資料を渡すが、簡単に言えば、昭和の鬼刑事が現代に戻ってきた、というわけだ。」

 相沢は言葉を失った。確かに昭和の名刑事として鬼島新八の名は伝説的に語り継がれているが、数十年前に亡くなったその人物がサイボーグとして現代に蘇るなんて、夢物語のようだ。しかし、鬼島は目の前にいる。しかもその鋭い目つきから、彼がただの機械ではないことを感じさせる。

「ただし、注意点がある。」

 課長の声が再び相沢の耳に届いた。

「鬼島はサイボーグとして完全な存在ではない。動力源はバッテリーだが、それが切れると動けなくなる。つまり、無敵じゃないってことだ。」

 相沢は緊張のあまり喉を鳴らした。バッテリー切れで動かなくなるサイボーグ刑事。そんな相棒を抱えて、本当にやっていけるのか不安が胸をよぎる。

「安心しろ。捜査のカンと経験は、今でも超一流だ。むしろ、その点では誰も鬼島には勝てない。昭和の刑事がどれほど凄かったか、お前自身が学ぶことになるだろう。」

 そう言われても、相沢は半信半疑だった。だが、まさにその瞬間、警察無線から不穏な声が響いた。

「現場から全隊へ、殺人事件発生! 場所は台東区上野。至急応援を!」

 緊張が一気に高まる。鬼島は無言のまま課長のデスクに近づき、無線の状況を確認すると、相沢に向き直った。

「行くぞ。」

 その一言に、相沢は驚くほどの重圧を感じた。命令口調でもないのに、逆らえない強さがあった。相沢はすぐに立ち上がり、鬼島の後を追った。課長も何も言わず、ただ二人の背中を見送る。

 廊下を抜け、警視庁の駐車場へと向かう二人。相沢はその間も、鬼島の無機質な背中をじっと見つめていた。サイボーグとはいえ、彼の佇まいには人間の刑事以上の何かがあった。

「鬼島さん、いえ…鬼島さんのその『カン』って、本当に通用するんですか?」

 相沢は思い切って聞いてみた。鬼島は歩きながら、短く答えた。

「捜査に必要なのはデータでも理論でもない。現場の匂いだ。」

 その瞬間、鬼島がただの機械ではないことが、相沢の中で確信に変わった。彼は生きている。その捜査官としての魂が、AIに宿っている。

 二人は車に乗り込むと、相沢はアクセルを踏み込んだ。車内には緊張感が漂い、無言のまま目的地に向かう。台東区上野の高級マンション。殺人現場はすでに規制線が張られており、警察官たちが忙しなく動いていた。

 車を降りた相沢は、鬼島を一瞬見やった。彼の目には何も躊躇がなかった。サイボーグだということも忘れるほど、堂々とした姿で規制線をくぐる。

「ここが現場か。」

 鬼島が呟く。その声にはどこか懐かしさが混じっているように聞こえた。

「相沢、匂いは分かるか?」

「匂い…ですか?」

 相沢は戸惑った。捜査の現場で「匂い」なんてものがあるのだろうか。しかし、鬼島は確信を持って言う。

「昭和の捜査官は、現場の空気と匂いで何かを感じ取ったものだ。お前も感じてみろ。」

 相沢は半信半疑ながら、深呼吸をした。周囲の空気を感じ取ろうとするが、分かるのは血の臭いと現場の緊張感だけだ。

 鬼島は一歩前に進み、地面に目をやった。その動きには、まるで人間の刑事が現場を調べるような慎重さがあった。

「ここだ。」

 相沢が何かを言おうとした瞬間、鬼島が指さした場所に何かが落ちていた。それは、鑑識も見落とした小さな血痕だった。相沢はその血痕を採取するよう鑑識官に伝えた。そして、鬼島の「カン」がただの伝説ではないことを理解し始めた。

「さあ、行くぞ。」

 鬼島の背中に相沢は再び引き込まれるように続く。その先に待つ真実を掴むため、相沢はもう一度決意を固めた。


(つづく)

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