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第3章
温風Ⅱ
しおりを挟む広間を抜けるとまた大きな扉があり、その扉を開けると廊下が現れた。
廊下の壁にはいくつものドアがあった。
「(広間までは行ったことあるけど、ここまではあっちでも行ったことなかったな…)」
初めて見る光景にキョロキョロと見渡した。
少し歩くとある扉の前で止まり、ドアを開ける聚。
その流れのまま咲恵も入室した。
割と広い部屋にベッドが1つ。
他には机と椅子。
とてもシンプルな部屋だった。
「ここが咲恵さんのお部屋です。ゆっくり出来るかは分かりませんがどうぞここでお休み下さい。何かあれば大きな声で叫んでくだされば駆けつけますので。」
「大きな声で叫ぶ。」
原始的な方法に思わず復唱してしまう。
「あと…」
「はい…?」
「無理に声を掛けなくてもいい時はありますから。」
「…え?」
「今はそっとしておきましょう。いずれ言葉を交わす時は来ますから。そういう時も必要です。」
「は、はい…」
咲恵は返事をしてから何の話をしているのかを理解した。
「…エスパー…?」
「え?」
キョトンと首を傾げる聚。
「あ、いいいや!!こちらの話です!!」
「そうですか、では私はこれにて失礼致します。」
パタンとドアが閉められた。
しばらく立ち尽くした咲恵はゆっくりとベッドに近づくとそのままうつ伏せで力なく倒れ込む。
「流石に…私も疲れた…」
夢ではなく、確かなものだった。
沢山の情報が咲恵に流れ込んできた。
知らないことが多すぎた。
ふと思い出したかのように
スカートのウエスト部分に無理やりさし込んでいたハリセンを抜き、そのまま抱きしめる。
「春幸、一体春幸に何が起きたの…?」
外は暑いが室内はとても涼しい。
その中だとハリセンが温かく、心地よく思えた。
「(この温かさはきっと思い込みなのかな)」
それでもなんだか安心した。
充分だった。
「(何も考えない。今は言葉に甘えて休もう)」
瞳を閉じるまでそう時間は掛からなかった。
ゆっくりと溶けていくように眠りへ誘われる。
夢を見た。
淑やかに笑う男。
頬を膨らます少女。
「ちょっと…笑いすぎ…」
「ふふ、すまない。」
全く申し訳なさそうでないが男は笑うのをやめてにこやかに言った。
『あぁ…懐かしい思い出』
近くて遠い日の記憶。
「次は、ありがとうが言えるといいね。」
「うん…」
それからしばらく話はせずに景色を眺めた。
何も声を掛けず見守る男。
その目は本当に優しくて。
『そうだったね。あなたはそうやって…』
心地良い夢。
正直醒めてほしくない夢。
ずっと続いて欲しい。
これからも。
『絶対、助けるから…絶対に…』
男はこちらに気がつくとフッと目を細めて笑った。
『春幸っ…!!!!』
思わず声を掛ける。
が、そこはさっき倒れ込んだベッドの上だった。
「春幸の事考えすぎだな…自分…」
寝ぼけながらもポツリと呟いて枕に突っ伏し、また眠りに落ちていった。
××××××××××××××××××××××××××××
枯葉の音が心地よく響く。
初めて来る場所であった。
が、やはり神殿の造りはほとんど自分の所と変わらないんだな…そう感じながら男が王座に足を組んで座る男に跪き、頭を下げていた。
「ほう。 春は死んだのか。」
静かに話し掛ける男。
「まだ、死んだとは思っていません。」
凱即ははっきりと答える。
本心から出た言葉は自分でも驚く程に力強かった。
その姿に顔色ひとつ変えずただじっと見つめ、しばらくするとゆっくりと瞬きをし、微かに息を吐いた。
「そうか。時にお前。」
「はい。」
「殴り合いは好きか?」
「はい?」
それまで話していたことをぶった斬るように、唐突に出された質問に凱即は思わず男を見上げた。
「殴り合いは、好きか、と、聞いておる」
ズレた気遣いがより一層違和感を生み出す。
「え…あ、いや…」
どう答えていいのか分からず曖昧になってしまう。
「まぁ良い。少しは楽しめそうだ。」
変わる空気を凱即は見逃さなかった。
「なにを…」
凱即の信号はすでに黄色をさしている。
言葉ではそう言っているものの身体はなんとなく察しが付いていた。
「ふむ。始めようか。」
そう言って輝く黒髪を靡かせ、軽快に王座から降りた。
×××××××××××××××××××××××××××××
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