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第1章
異変
しおりを挟む「(今日は春幸にもお礼を言わなくちゃなぁ~)」
咲恵はそんなことを思いながらいつもよりも浮き足立っていた。
玄関のドアを開けると軋んだ音が酷く鳴り響いた。
「(やけに静か…?)」
そう思いながら玄関を入ってすぐの階段を上がろうとした。
その時だった。
リビングのドアが激しく開く音が聞こえると誰かに腕を力いっぱい掴まれそのまま投げ捨てられるようにリビングへと放り込まれた。
勢いよく床に倒れ込む。
「…っつ……」
見上げると今までにない形相で母親が咲恵を見ていた。
いや、睨んでいた。
「なにすん…」
そう言いかけた時、目の前の床に何かが叩きつけられた。
1冊のノート。
あの夢を見るようになってから書き記してきたもの。
自分の想いも、そして母親への想い何もかも。
誰にも見られないように隠し続けてきた物が今目の前にシワシワになって叩きつけられている。
一気に咲恵の心拍数が上がる。
「こ…れ…は」
動揺のあまり何も言葉が思い浮かばない。
「本当にお前は気持ち悪い子…」
その言葉が咲恵の全身に突き刺さる。
母親の目は娘へ向けるような眼差しではなかった。
軽蔑
そんな言葉が嫌でも当てはまる。
「こんな妄想を描いたところで、お前は何も変わらないのよ。」
言葉が殴りかかってくる。
「変わるわけないじゃない。……お前が自分の娘だなんて…一生の恥だわ」
「………」
「さっさとその汚い物を捨ててここから出てってちょうだい。舞華の勉強の邪魔よ」
この時初めて虚ろげにリビングを見渡した。
舞華は怯えたように隅でしゃがみ込み、耳を手で抑えていた。
自分の部屋で呆然と座り込む。
何もかもを綴ってあったノート。
ゴミ箱に無造作に捨てられていた。
こだまする母親の言葉と思い出す眼差し。
「(何も状況なんか変わらなかった)」
ノートには行きたい大学のことももちろん書いてあった。
まるでその事について言っていたようにも思えた。
『変わるわけないじゃない』
冷たい涙が頬に沿って流れていく。
誰にも気づかれないように…
声を殺して泣いた。
『冬は必ず春が来るから』
『お前は何も変わらないのよ』
とめどなく流れる涙。
何度も繰り返し頭に流れ込んでいく言葉達。
おかしくなりそうだった。
「…わらない……」
しゃくりあげながらもポツリと零れていく。
「変わらない……春は…こ…こない」
咲恵の心はぐちゃぐちゃだった。
「春なんて……いらない…来なけ…れば…いい」
涙と共に黒いものが溢れる感覚。
「春なんて嫌い…」
気づけば泣き疲れて眠りについていた。
目を開くといつもの場所にいた。
来るつもりなんてなかった。
「つくづく気持ち悪いよね、自分」
「咲恵?」
後ろから心地良い声が聞こえる。
が、咲恵が振り返ることはなかった。
「今日も来てくれたんだね?話を沢山聞かせておくれ」
それでも優しく声を掛けてくる。
「…り」
「?」
勢い良く振り返る。
そこで春幸はようやく異変に気がついた。
「無理だから」
「その顔はどうしたのだ…」
心配そうにしながら咲恵に近づこうとする。
「来ないで!!」
その言葉に春幸は歩み寄る足を止めた。
「咲恵…」
もう、怒りと悲しみの渦にズブズブと飲み込まれている。
「もう、終わりだよ……こんな妄想劇……」
「何があったのだ…?」
止まらない。
「何が……何が春が来るよ……」
黒いものを吐き捨てるように呟く。
「何も変わらなかった…変わるどころか悪化して…ぐちゃぐちゃにされて…何もかもを否定されて…馬鹿みたい」
「大学のこと、話をしたんだね…?」
「変わらない……変わるわけなかった…」
「とにかく、中(神殿)でゆっくり話そう?」
春幸は手を伸ばす。
「もう行かない。もうここへは来ないから。」
その言葉に伸ばす手を止める。
「もうこの妄想を終わりにするから。春幸ともお別れ。私の愚痴聞きのお勤めご苦労様でした。」
「妄想ではない。」
「妄想よ……ここを作ったのも、春幸という虚像を作ったのも私。本当に気持ち悪い」
「咲恵は気持ち悪くなんかないよ」
「気持ち悪い!!!!そうやって春幸に言わせて自己肯定させてるんだもん」
「私は虚像でもない。言わされてもいない。咲恵、言いたいことがあるんだ。1度落ち着いて話そう」
「だから無理なんだって……もう終わり。全部終わり。」
止まらない。止められない。
「私は咲恵の味方だ」
「…春幸は私にも必ず春が来るって言ったよね?」
「あぁ、言ったとも」
「あんなの嘘だね。春なんて来ない……いや、もう来なくていい」
違う…こんなことを言いたいわけじゃないのに…
一生懸命止めようとするが手遅れだった。
「春なんて……大嫌い…大っ嫌いだよ!!!!」
何もかもが音を立てて崩れていく。
胸が苦しくて破裂しそうだった。
春幸は何も言わなかった。
が戸惑ったように…そして少し寂しそうに笑っていた。
それを最後に映像が切れた。
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