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第1章
しこり
しおりを挟む制服に着替えた咲恵はカバンを持って自室を出る前に深く深呼吸をした。
願うことはただ一つ。
早く食べ終わって家を出れますように。
咲恵にとって朝と夜の食事時が一番しんどい。
それは家族と顔を合わせなきゃいけないから。
ゆっくりと扉を開けリビングへと移動する。
その道中
「さき姉おはよう…」
と後ろから控えめに声がした。
妹の舞華(まいか)だ。
舞華は小学3年生。
赤いランドセルをしょって同じくリビングへと行く途中だった。
咲恵は振り返りニコリと笑った。
「おはよ」
リビングのドアを開けテーブルの端にある自分の席に座る。
「おはよう舞華」
「おはよう、ママ」
「宿題は終わった?」
「うん、終わってるよ」
「さすが舞華ちゃん!今日もたくさん食べて1日学校頑張ってね!」
「うん」
いつもの朝の風景。
誕生日席に座る舞華がちらりとこちらを見た。
「(頼むから、何も言わないで…舞華…)」
「お姉ちゃんも…学校頑張ってね…?」
「(あーー……)」
咲恵の願いも虚しく、舞華はこちらに純粋な笑顔を向けた。
「…………」
母親は無言になる。
沈黙がしばらく流れる。
「(朝から参ったな……)」
舞華は自分の返事を待つかのように真っ直ぐ咲恵を見つめる。
「うっさい…」
咲恵はこう言うしかなかった。
「なんですって……?」
お決まりの展開。
「実の妹になんて口のききかたなの…!?!?」
「………」
その展開に舞華もしまったというような顔をして青ざめている。
「家族を困らせて……あんた一体なんの為に生まれてきたのっ!?!?!?」
わなわなと肩を震わせて咲恵を睨みつける母親。
「(こっちが聞きたい…なんで生まれたんだろう)」
「ま…ママ…お姉ちゃんは悪くないよ…?だから怒らないで…??」
舞華が必死で母親を宥めようと椅子から下り
傍に寄る。
「な…なんて優しいの舞華ちゃんは…!!!」
母親は涙を流し舞華を抱きしめた。
"茶番"
という言葉が良く似合う。
咲恵は食器をキッチンまで持っていき、そそくさとリビングを出た。
靴を履く時リビングから甘ったるい声が聞こえる。
「いい?あんな子には絶対なっちゃだめよ?」
咲恵は何も考えずに玄関の扉を開け、学校へと向かい始めた。
いつから"あんな"感じになってしまったのか…もはや覚えていない。
妹が産まれる前までは一生懸命ありとあらゆるものを私に叩き込もうとしていた。
容姿も良くなんでもこなせる器用な妹が出来て、出来損ないの私は用無しになったのだろう。
寂しくはなかった。
むしろ解放された喜びすら感じていたが、母親は完全に解放してくれなかった。
進学する学校、その後の予定も全て母親が決めている。支配下において資金源にでもしたいのだろう。
家を出ていこうとももちろん考えた。
がその後の末路が簡単に想像出来て、虚しくなったのでやめた。
今はガミガミ言われないように息を潜めてる。
何もかもが嫌だ。
なにもしない自分も嫌い。
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