一人で生きる

フルギノキフルシ

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 1週間も経たないうちに、高木のご家族からお礼状が届いた。捨てる気にはなれないのでデスクの左上から2番目の引き出しを開けると、年賀状とかクリスマスカードとか仕事でもらった挨拶状とか、同じ理由で詰め込まれたものがたくさん出てきた。次の日、購買部ではがきホルダーを買った。
 夜中、家のベッドの上で、出てきたはがきとカードを全部ファイリングした。日付の順に並び替えることも、誰かわからない人からの分を処分することもしないで、指が触れた順にしまっていった。実家を出てから何度か転居をしていて、かつ自分からはろくに連絡もしない割には、年賀状やそれに類するものがたくさんあることがわかった。
 片倉とノンコは夫婦になる前から、片倉・新井の連名で送ってきていた。高木はどうやら大学を出てから毎年くれていたらしい。海外で働いている知り合いからはクリスマスカードが多い。イチのは結婚した年から、去年の分まで見つかった。僕はちゃんと全員に返事を出せていただろうか。
 何枚か、親からの年賀状も見つかった。正月に顔を出さないことも多かったからだろう。弟から、兄ちゃん今年どうすんのと連絡が来ていたのを思い出した。返信しておこうと思ってスマートフォンに触って、そのまま寝た。

 結局、年明けの2日間だけ実家に帰った。母と弟の奥さんが作った正月料理を食べて、父と弟の話を聞いて、甥っこ2人にお年玉をあげた。始終よく晴れていて、ただ朝晩びっくりするくらい冷え込んだ。昼の暖かいうちに、実家の周りをぷらぷらと歩いた。道の狭い入り組んだ住宅地だった。古い家や他人の庭の木や小さな商店を1つずつ見て、そうかこんな町だったかと思った。イチに会う前の自分のことを、本当にほとんど忘れてしまった。記憶にあるのは、この町にいたちょっときれいな男の人たちのことくらいだ。
 2日の夜に自宅に戻って、ポストに入っていた年賀状を全部綴じた。イチからの分はない。ただ、Facebookの更新があった。初日の出を見に山に登ったことがわかった。
 大学を卒業するまでにイチと2人になったのは、セックスをした2回だけだ。後は飲み会とかゼミの集まりとか、いつだってグループの中の1人と1人で、たぶん大した話はしなかった。卒業前に、ノンコが連絡先のリストを作った。インターネットや携帯電話も普及しはじめていたけれど、今ほど気軽にテキストメッセージを送り合う時代ではなかった。
 そのリストを見たんだろうか、イチから電話をかけてきた。イチが3年勤めた省を辞めたときだった。飲み行こう、安いとこでいい。昨日も会ったばかりみたいな声だった。他に誰が来るのと尋ねたら、別にと言われた。僕はまだ同じ大学の院にいたので、ゼミの飲み会で使っていた馴染みの店を予約してイチと会った。辞めたということはもう調べていたのだけれど、知らない顔をして会った。何の話をされたのかだいたい忘れた。ただずっとイチの喉を見ていて、肺のあたりがむちゃくちゃに痛かった。部屋に帰ってから畳に顔を押しつけて、そこで僕を抱くイチを思い出した。
 それからずっと、イチからの連絡を待って生きてきた。次会えたらああしようこうしようと思っているうちは、僕の生活には意味があった。でもこれから先は同じやり方で時間を埋めてはいけないし、そのくせ性欲はちっとも枯れない。頭の中のイチと立ったままやったあと、もう40だぞと自分で言ってみたりもする。

 届いた年賀状全部に返事を出し終わったらなんだか面倒くさくなってきて、とりあえず働いた。空いた時間は元奥さんの友だちの友だちの妹のハンドメイド通販サイトとか、よその大学の山岳サークルのブログとか、知らない地下アイドルのポストにぶら下がったリプライとかを読みふけって春が来た。春が来て、あの日からテーブルに置いたままだった箱を開けた。ハンカチが3枚、緑と青と赤、同封のカードによればノンアイロン生地だった。青のを拾って顔の上で広げて、それからイチに電話をかけた。あっという間に繋がった。
「今度イチんち行っていい」
「おう。いつにする」
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