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(このまま隆司さんと結婚することになったら困るわ。今からでも食事の約束は断らなきゃ)

 ちょうどそこへノックがあり、やってきたのは市太郎だった。
 優月は、ドアを開けるなり、市太郎の顔つきに、後ろに飛びのきそうになった。そんな恐ろしい顔の父親を見たことがなかった。

「パパ………?」
「優月、さっきの言い草は何なんだ……?」

 市太郎は怒りのコントロールが難しいのか、手を開いたり握ったりをしている。

「美智子と麗奈と縁を切るだと………?」

 後ずさる優月に市太郎はじりじりと寄ってくる。
 市太郎からは殴りかかってきそうなほどの怒気が感じられた。

「優月、自分が何を言ったのかわかってるのか。お前は、幼いころからずっと二人に文句を言ってばかりだった………。パパはずっとそれを大目に見てやってきた……。そして、今、それを悔やんでいる………。もっときちんと躾けるべきだった」

 優月は身を竦ませながら、それを聞いていた。

「美智子の言う通りだったよ、俺はお前を甘やかしすぎた………。麗奈は素直に育ったのに、お前はひがんでばかりで、自分勝手にもほどがある……。我が儘だとは知っていたが、まさか、ここまでとは思わなかったよ………、パパは情けないよ………!」

 それを聞いている優月の心は凍えていくようだった。

「ありがたいことに隆司くんは寛大な心でお前を受け入れてくれた……。今度破談にしたいと言い出そうものなら、パパはお前を許さんぞ………。それと、美智子と麗奈のことを悪く言うのも、二度と許さん………。わかったな……?」

 何か言い返そうにも、優月は声が出なかった。

「返事は?」

 恐ろしい形相に、優月は固まってしまう。

「返事は!」

 市太郎は壁をドンと叩く。

「わ、わかりました………!」

 市太郎は「もっとちゃんとしろ!」と怒鳴り声を残して、部屋から出て行った。
 優月は体をごとごとと振るわせていたが、やがて、ぺたりと絨毯に座り込んだ。

(ずっと大目に見てきた………? パパも、私が間違ってて、お母さんと麗奈が正しいって思ってたの……? 私の気持ちに寄り添うような態度は全部見せかけだったの………? ずっと私を自分勝手で我が儘だと………)

 家族で唯一の味方であったはずの市太郎は、少しも味方ではなかった。 
 話せばわかってくれる、と感じてきた父親は、実は何一つわかってくれていなかった。
 そういえば市太郎がこれまで何をしてくれただろう。
 修学旅行に行けなくなったときには替わりの旅行に行かせてくれた。志望の大学に行けなくなったときには、そこから間に合う短大を受けさせてくれた。
 けれども、美智子と麗奈から守ってくれたことなど一度としてあっただろうか。美智子と麗奈に怒ってくれたことはあっただろうか。
 いつも事後の対応でしかなく、本質的には、美智子と麗奈がやったことの尻ぬぐいでしかない。
 優月の嗚咽を抑えて、声を殺して泣いた。

(私の味方など、どこにもいなかった………)
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