8 / 32
8
しおりを挟む
応接間に向かうと、ソファに座っていた隆司は、優月を見ると笑いかけてきた。
イケメンの爽やかな笑みだ。
以前なら好ましいと思えた笑顔も、今は、薄っぺらいとしか感じない。
「優月ちゃん、俺、優月ちゃんを傷つけるつもりはなかったんだ。本当にごめんよ。地味と言った覚えはないけど、もし言ったなら、優月ちゃんを控えめで上品だと思っているのが、そう口から出てしまったんだと思う」
隆司は誠実そうな声で言ってきた。すでに市太郎に詳細を聞いているらしかった。
しかし、優月の気持ちが理解できない市太郎から聞いても、優月の真意は伝わっていないだろう。
それに、控えめや上品を地味と混同するには無理がある。
「優月ちゃんは俺にはもったいないほどの美人だと思ってるんだよ。麗奈ちゃんは俺にとっては可愛いけど、それは優月ちゃんの妹だからだ」
何故か同席してソファに座っている麗奈の顔色が変わるのが、そちらを見ないでもわかった。優月は胸がすく思いがする。
しかし、隆司への信頼はもう回復できなかった。
「優月ちゃん、俺を許して欲しい」
ご自慢の笑顔を優月に向けてくるも、優月の心は微塵も動かない。
「何を許せばいいの?」
「優月ちゃんをけなして、麗奈ちゃんを褒めたことだ。もう二度としない」
麗奈から小気味の良さそうな笑いが聞こえた。
優月が麗奈に嫉妬したことが根っこにあると、麗奈は思ったようだ。優月に嫉妬させるのは、長らくの麗奈のたくらみの一つであるので、それがうまくいったと思ったのだろう。
胸のすく思いが帳消しになる。
「そんなのはどうでもいいの。私は麗奈の嫌がらせに隆司さんが乗っかったことに失望してるんです」
「嫌がらせ?」
隆司が戸惑った声を上げる。
そこで美智子が割り込んできた。
「優月ったら、また、麗奈を悪者にするのね。妹がやったことを、そんなふうにひがんで受け取るなんて、母親として情けないわ。悪気なくやったことなのに」
(悪気はあったし、悪気がなければ何やってもいいわけではないでしょうに)
しかし、美智子も麗奈もその論理を通用させ続けてきたのだ。「悪気なく、うっかり」やってしまったのだから悪くはないと、悪いのはそれを許せない優月の方だと。
隆司と結婚しても、ドレスの一件のような屈辱的なことは起き続けるに違いない。
だって、隆司はこの二人から優月を守ってくれるような人ではないのだから。
(結婚前にわかっただけマシだわ)
「隆司さんは、母と麗奈と縁を切ってくれますか」
「えっ」
「私はこの二人と縁を切りたいの」
その言葉に、隆司は息を飲むような顔をした。
市太郎も同じ顔をし、美智子はわずかに苛立ちを浮かべ、麗奈は愉快そうな顔をした。
「それができないなら、結婚できません」
もちろん、優月は隆司を信用していない。美智子と麗奈と縁を切ると約束をしても、平気で反故にされそうだ。
もう一つ条件を突き出す。
「私、隆司さんが生理的にダメになったの。結婚しても一緒には住めないし、手も握れないわ。それでいいなら、結婚してもいいわ」
応接間は静まり返る。
これで破談になるだろう。優月はそう考えていた。
ここまで言われてはさすがに隆司も結婚する気が失せるだろう。
しかし、意に反して隆司には何のダメージも与えなかったようだった。
「いいよ。優月ちゃん、俺は優月ちゃんの希望を最大限に取り入れていくつもりだよ。条件を飲む。俺はそれでもいい。優月ちゃんと結婚したい」
その返事に、今度は優月が息を飲む番だった。隆司は笑みを浮かべたまま、言ってきた。
「じゃあ、今夜、デートに誘っても良いね? レストランの予約をしてあるんだ。夕方迎えに来るよ」
隆司は、ディナーの約束を一方的に押し付けて、帰って行った。
麗奈が言ってくる。
「隆司さんって、そんなに優月に入れ込んでるようには見えなかったのに、何か裏でもあるのかしらぁ」
そして、わざとらしく聞かせる。
「いっけなーい、麗奈、午後からパーティーがあるんだわぁ。どのドレスを着ようかしらぁ。彼ったら、私をみんなに見せびらかしたいらしいのぉ、海外のセレブまで招いているらしいから、緊張しちゃうわあ。うふふ、彼ったら、麗奈に一目ぼれみたいで、出会ったときから『特別な縁』だって、言ってきたのよぉ。今日あたり、プロポーズかもぉ」
麗奈のあてつけるような声に、優月はざらりと胸を引っ掻かれながら応接間を出た。
イケメンの爽やかな笑みだ。
以前なら好ましいと思えた笑顔も、今は、薄っぺらいとしか感じない。
「優月ちゃん、俺、優月ちゃんを傷つけるつもりはなかったんだ。本当にごめんよ。地味と言った覚えはないけど、もし言ったなら、優月ちゃんを控えめで上品だと思っているのが、そう口から出てしまったんだと思う」
隆司は誠実そうな声で言ってきた。すでに市太郎に詳細を聞いているらしかった。
しかし、優月の気持ちが理解できない市太郎から聞いても、優月の真意は伝わっていないだろう。
それに、控えめや上品を地味と混同するには無理がある。
「優月ちゃんは俺にはもったいないほどの美人だと思ってるんだよ。麗奈ちゃんは俺にとっては可愛いけど、それは優月ちゃんの妹だからだ」
何故か同席してソファに座っている麗奈の顔色が変わるのが、そちらを見ないでもわかった。優月は胸がすく思いがする。
しかし、隆司への信頼はもう回復できなかった。
「優月ちゃん、俺を許して欲しい」
ご自慢の笑顔を優月に向けてくるも、優月の心は微塵も動かない。
「何を許せばいいの?」
「優月ちゃんをけなして、麗奈ちゃんを褒めたことだ。もう二度としない」
麗奈から小気味の良さそうな笑いが聞こえた。
優月が麗奈に嫉妬したことが根っこにあると、麗奈は思ったようだ。優月に嫉妬させるのは、長らくの麗奈のたくらみの一つであるので、それがうまくいったと思ったのだろう。
胸のすく思いが帳消しになる。
「そんなのはどうでもいいの。私は麗奈の嫌がらせに隆司さんが乗っかったことに失望してるんです」
「嫌がらせ?」
隆司が戸惑った声を上げる。
そこで美智子が割り込んできた。
「優月ったら、また、麗奈を悪者にするのね。妹がやったことを、そんなふうにひがんで受け取るなんて、母親として情けないわ。悪気なくやったことなのに」
(悪気はあったし、悪気がなければ何やってもいいわけではないでしょうに)
しかし、美智子も麗奈もその論理を通用させ続けてきたのだ。「悪気なく、うっかり」やってしまったのだから悪くはないと、悪いのはそれを許せない優月の方だと。
隆司と結婚しても、ドレスの一件のような屈辱的なことは起き続けるに違いない。
だって、隆司はこの二人から優月を守ってくれるような人ではないのだから。
(結婚前にわかっただけマシだわ)
「隆司さんは、母と麗奈と縁を切ってくれますか」
「えっ」
「私はこの二人と縁を切りたいの」
その言葉に、隆司は息を飲むような顔をした。
市太郎も同じ顔をし、美智子はわずかに苛立ちを浮かべ、麗奈は愉快そうな顔をした。
「それができないなら、結婚できません」
もちろん、優月は隆司を信用していない。美智子と麗奈と縁を切ると約束をしても、平気で反故にされそうだ。
もう一つ条件を突き出す。
「私、隆司さんが生理的にダメになったの。結婚しても一緒には住めないし、手も握れないわ。それでいいなら、結婚してもいいわ」
応接間は静まり返る。
これで破談になるだろう。優月はそう考えていた。
ここまで言われてはさすがに隆司も結婚する気が失せるだろう。
しかし、意に反して隆司には何のダメージも与えなかったようだった。
「いいよ。優月ちゃん、俺は優月ちゃんの希望を最大限に取り入れていくつもりだよ。条件を飲む。俺はそれでもいい。優月ちゃんと結婚したい」
その返事に、今度は優月が息を飲む番だった。隆司は笑みを浮かべたまま、言ってきた。
「じゃあ、今夜、デートに誘っても良いね? レストランの予約をしてあるんだ。夕方迎えに来るよ」
隆司は、ディナーの約束を一方的に押し付けて、帰って行った。
麗奈が言ってくる。
「隆司さんって、そんなに優月に入れ込んでるようには見えなかったのに、何か裏でもあるのかしらぁ」
そして、わざとらしく聞かせる。
「いっけなーい、麗奈、午後からパーティーがあるんだわぁ。どのドレスを着ようかしらぁ。彼ったら、私をみんなに見せびらかしたいらしいのぉ、海外のセレブまで招いているらしいから、緊張しちゃうわあ。うふふ、彼ったら、麗奈に一目ぼれみたいで、出会ったときから『特別な縁』だって、言ってきたのよぉ。今日あたり、プロポーズかもぉ」
麗奈のあてつけるような声に、優月はざらりと胸を引っ掻かれながら応接間を出た。
167
お気に入りに追加
307
あなたにおすすめの小説
聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした
今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。
二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。
しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。
元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。
そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。
が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。
このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。
※ざまぁというよりは改心系です。
※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。
愛してほしかった
こな
恋愛
「側室でもいいか」最愛の人にそう問われ、頷くしかなかった。
心はすり減り、期待を持つことを止めた。
──なのに、今更どういうおつもりですか?
※設定ふんわり
※何でも大丈夫な方向け
※合わない方は即ブラウザバックしてください
※指示、暴言を含むコメント、読後の苦情などはお控えください
危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。
幼馴染同士が両想いらしいので応援することにしたのに、なぜか彼の様子がおかしい
今川幸乃
恋愛
カーラ、ブライアン、キャシーの三人は皆中堅貴族の生まれで、年も近い幼馴染同士。
しかしある時カーラはたまたま、ブライアンがキャシーに告白し、二人が結ばれるのを見てしまった(と勘違いした)。
そのためカーラは自分は一歩引いて二人の仲を応援しようと決意する。
が、せっかくカーラが応援しているのになぜかブライアンの様子がおかしくて……
※短め、軽め
記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話
夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる