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マリーの悔悟

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マリーが、エレーヌの出奔を知ったのは、出産後だった。

王妃の出奔は箝口令が敷かれており、一部の者しか知らず、マリーにも伝わっていなかった。

晩餐会ではマリーもエレーヌに反感を持った。他の貴族と同じように、なんて傲慢な王女なのだろうと思った。しかし、ゲルハルトだけは違っていた。

ゲルハルトは能天気に明るいだけの弟だった。いつも好きなことに没頭して元気よく駆けまわっている。乱暴者に見えるが、ちゃんと手加減しているし、心根はとても優しい。

優秀な兄と比べられて出来損ないと陰口をたたかれても、何ら気にすることもなく愉快気に生きていた。

身に構わないところが玉にきずだったが、そんな弟も、きちんと服を着るようになり、髭も剃り、髪も整えるようになった。乱暴なところは引っ込み、怒鳴るのも減った。

エレーヌが変えたのだ。

ゲルハルトはエレーヌのことで一生懸命だった。頑張っているゲルハルトの様子を侍女伝手に聞かされれば、そして当人からも真剣な様子が伺えれば、二人の仲を応援したくもなる。

そして二人はとても仲睦まじく見えていた。

(なのに、どうして、こんなことになってしまったの……)

出産後にお祝いのためにやってきたゲルハルトは快活そうに笑うものの、どこか精気がなかった。いつも騒がしいゲルハルトが大人しいのはおかしい。

(何かあったのかしら)

「ねえ、ゲルハルト、何かあったの? エレーヌは? お祝いには来てくれないの?」

そう訊いても笑うだけで何も言わなかった。その顔つきが痛々しくて、何かが起きたことを確信するものの、マリーにはもう訊くことができなかった。

カトリーナとミレイユが訪問してきたので、早速訊いてみれば、カトリーナは眉をぴくぴくと震わせて、ため息をついた。

「お母さま、エレーヌに何かあったの?」

「あなたは知らぬ方が良いわ。お子に専念しなさい」

「気になって専念できないわ」

カトリーナははなかなか言おうとしなかったが、ついに口を開いた。

「あの娘が、出て行ったのよ。王宮を抜け出して、どこかに行ってしまったのよ」

「エレーヌが? どうして?」

「ブルガンにでも帰ったのでしょうよ。本当に何て子なの!」

(まあ……! ゲルハルト、可哀そうに……!)

エレーヌの出奔に、マリーも動揺した。

そして、激しく後悔した。

たった一人で異国に嫁いできた王女だ。どうして、もっと、気を配ってやってあげなかったのか。

部屋に閉じこもっているのを知らんふりで放置してしまった。本人がそれを望んでいるにしても、もっと歩み寄るべきだった。

それに、エレーヌのもとを訪れたとき、軽はずみなことを言ってしまった。

(たとえ愛人を作っても、なんて決して言ってはいけない言葉だったわ)

そのあとに、「ゲルハルトはあなたに首ったけで、愛人も作らないでしょうけど」と付け加えたが、あの通訳はちゃんと伝えてくれただろうか。

その上、花冠も壊してしまった。弟の作った花冠を大切にしていると思えば、エレーヌが可愛く見えてたまらなくて、「可愛い」を連呼してしまったが、馬鹿にしたように聞こえてしまったかもしれない。

マリーにはエレーヌが、マリーを《ゲルハルトの愛する人》だと勘違いしたことなど思いも寄らぬことだった。

双子の姉なのだから思う由もない。

傍らでは、怒るカトリーナをミレイユが宥めている。

「本当にろくでもない王女だわ!」

「まあまあ、お義母さま。そのうち、帰ってきますわ」

「おめおめと帰ってきようものなら、追い出してやるわ」

「少し叱ってやるだけで許してやってくださいな」

カトリーナはため息をついて、ソファの背にもたれ込んだ。そして、もう一度体を起こし、ティーカップに口をつけると、気を取り直したように言った。

「そうね、そうしてやらなければならないわね。ミレイユ、あの娘がもし帰ってきたら、私があの娘に厳しくなる前に止めてくれるかしら」

「もちろんですわ、お義母さま」

(エレーヌがもう一度、王宮に戻ってくる日が来るのかしら)

マリーは後悔に苛まれながらそれを聞いていた。

眠っていた赤子が目を覚ましたようで、乳母が連れてきた。カトリーナが声を上げる。

「まあ、ふっくらしたほっぺだこと」

「マリーに似た可愛い女の子ですわ」

赤子の存在がその場を明るいものに変えた。

マリーはじくじくと痛む心を赤子に励まされる。

(可哀想なゲルハルト……。でも、ゲルハルトなら、エレーヌのことも乗り越えるわ。あの子は強い子だもの)

***

マリーの出産は喜びごととして祝いが開かれた。

エレーヌの姿がないことはどの貴族の口端にものぼらなかった。ゲルハルトが言及しない以上、誰も口にできなかった。

みな、その場で、マリーの出産を喜ぶのみだった。ただ一人、別のことを喜ぶ者がいた。

(エレーヌ、ようやくいなくなってくれた。ディミーを差し向けた甲斐があったというもの)
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