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愚人の行く末

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宿場町で一泊した朝、エレーヌはディミーと別れることになった。エレーヌ一人を馬車に乗せて、ディミーは言う。

「これから馬車は、エレーヌさまを安全な領主館へとお連れします。すべて、手配しておりますのでご安心ください」

そう言ってきたディミーは晴れ晴れとしているように見えた。エレーヌを元気づけるためかもしれなかった。

「では、あなたとはもうお別れなのね。あなたはどうするの? あなたもブルガンにはもう戻れないでしょう?」

政略結婚を不意にしたディミーもおめおめとブルガンには戻れないはずだ。

エレーヌは迷惑をかけたことが心苦しかった。

「大丈夫ですわ。私はこれでも役目を果たしただけですの」

「役目?」

「人には役目というのがあるのです。私はその役目を果たしただけでございます」

(役目……。ディミーを巻き込んでしまったけど、役目だととらえてくれているのね)

「息子さんは大丈夫なの?」

それは大きな気がかりだった。

ディミーは急に顔に侮蔑を浮かべた。これまでエレーヌには見せたことのない顔つきだった。そして、帝国語で言ってきた。

「本当に愚かで憐れな王女。いもしない息子の心配までして。私のせいじゃない、あなたの愚かさが自分の足をすくったのよ」

「え?」

エレーヌには、いくつかの単語しか聞き取れなかった。

ディミーは侮蔑を引っ込め、悲しげに笑った。そしてブルガン語で言った。

「エレーヌさま、本当にごめんなさい。お許しください。私もやりたくてやったわけではございませんの。では、ごきげんよう」

ディミーは、馬車のドアを閉めた。

***

ディミーは馬車を見送りながら、心の中でほくそ笑んでいた。

(良かったわ、私はここで解放されて。あの子の末路まで見せられたら、さすがに罪悪感が湧くものね。これからあの子の向かう先は……)

ディミーはしかし、乗り合い馬車に乗り込んだ直後、目から涙があふれてきた。嗚咽が込み上げる。

(ごめんなさい、ゲルハルトさま……、エレーヌさま……、私はひどいことを………。愛し合う二人の仲を引き裂いて……、これから、ゲルハルトさまは、エレーヌさまを永遠に失うことになる……)

一時的な感傷に涙を流すも、顔を上げて次に外の光景を見たときには、また、ディミーは、ほくそ笑んだ。

(どうせ、あの子に王妃は務まらなかったわ。私は、ゲルハルトさまのためにも良いことをしたんだわ)

***

エレーヌの乗った馬車は山間に入ってしばらくしたところで、止まった。

護衛騎士らが馬から降りて馬車に近づいてくるのが窓から見えた。

どういうわけか、彼らはみな一様に硬い顔つきをしている。きれいな花の咲いた木でも見つけて花見に誘うような顔つきでは決してなかった。

騎士の一人は剣を抜いていた。

(私、ここで殺されてしまうんだわ)

エレーヌはやっと悟った。

(ディミーは、愚か、と言っていたわね。あれは私のことだった。ああ、本当にそうかもしれない。私は愚か者なんだわ)

エレーヌの体はガタガタと震えたが、恐怖が頂点に達したところで、震えは止まった。毅然と胸を張って目を閉じた。

(殺すのならば殺せばいい。しかし、私は、惨めではないわ。どれだけ愚かだろうと、私なりに一生懸命に生きたわ。何ら恥じることなく生きてきた)

覚悟が決まれば、何の心残りもないような気がしていた。

短い人生だった。母と過ごした温かい時間を思い出した。一人になってからは、刺繍がエレーヌを支えてくれた。

ゲルハルトの満面の笑みが浮かんだ。大きな愛をくれた人。

毅然と背を伸ばしたエレーヌはうっすらとほほ笑んでいた。

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