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壊れた王冠

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エレーヌは、午前中、エヴァンズ夫人の授業を受けることになった。

エヴァンズ夫人の授業はとても分かりやすかった。

ゲルハルトは、エレーヌの授業の間、執務を済ませてくることになった。

午後、エレーヌの部屋に現れたゲルハルトにエレーヌは帝国語で言ってみた。

『ゲルハルトさま、ごきげんよう』

ゲルハルトは嬉しそうな顔で帝国語で返してきた。

『エレーヌ、ごきげんよう』

そして、ブルガン語で言ってくる。

「エレーヌ、帝国語、うれしい」

エレーヌは首を傾げた。

(ゲルハルトさまは、ラクア語は学ばせてくれなかったのに、帝国語を学ぶのは喜んでくださるのね?)

「わたし、ゲルハルトさまと、帝国語でも話したいの」

ゲルハルトはますます嬉しそうな顔になった。エレーヌは付け加えてみた。

「わたし、ラクア語も学びたいわ。ラクア、まなぶ、したい」

「ラクア?」

ゲルハルトは目を見開いて、意外そうな顔をしていたが、すぐに嬉しそうな顔になった。

「ラクア、わたし、うれしい」

エレーヌはあっさりと了承されたことに、肩透かしを食らった。

(あれほどダメと言ってたのに)

「では、ハンナにもっと私のそばにいさせてくださいませ。ハンナからもラクア語を学べるわ。ハンナはきっと私の良い話相手になってくれると思うの」

「……?」

エレーヌはゲルハルトにもわかるようにゆっくりと言い直した。

「ハンナ、もっと、わたしといっしょ」

ゲルハルトはまた目を見張った。そして、うなずいた。

「わかった」

ゲルハルトは早速、呼び鈴を鳴らした。ハンナが侍女部屋から顔を出した。

ゲルハルトがハンナに何かを言いつけると、ハンナはパッと顔を輝かせた。

「エレーヌさま」

ハンナはエレーヌに抱き着いてきた。それはハンナがもっとエレーヌのそばにいたがっていたことを示すようでエレーヌはほっとした。

それからは、ハンナは侍女部屋にこもることもなく、ラクアに来た最初の頃のように、常にエレーヌのそばにいるようになった。

(ハンナは仕事で忙しいはずだったのに)

エレーヌは首を傾げたが、状況が良くなったことを
ひたすら喜んだ。

***

その朝、エレーヌがエヴァンズ夫人の授業を受けていると、ハンナが嬉しそうな顔で告げてきた。

「エレーヌさま、キタ、#####」

ハンナはエレーヌが聞き取りやすいように、ゆっくりとしたラクア語で喋る。エレーヌも、少しずつラクア語の単語を拾い上げるようになり、「来た」との言葉を聞き取っていた。

「誰が来たの?」

「マリーさま」

ドアの方を見れば、ピンクブロンドが目についた。彼女の周辺だけ明るくなっているように感じた。

マリーは華のある人だった。

エレーヌにはマリーが眩しく見えた。

授業はいったん中断することになり、エレーヌは、テーブルからソファへと移動した。

「エレーヌ!」

マリーは、エレーヌの顔をじっと覗き込むと、笑みを浮かべた。ディミーがマリーの言葉を訳するも、エレーヌにも、ところどころ、単語を聞き取れるようになっていた。

『エレーヌ! 今日から王宮で厄介になるの。どうかよろしくね』

(マリーさまも王宮に住むってこと?)

何か事情があるのだろうが、エレーヌにはその事情を訊くことができなかった。ある嫌な想像が胸をよぎるからだ。

『まあ、あなた、本当にきれいな目ね。紫色の目、素敵よ』

「マリーさまの目だって素敵です。晴れ渡る空のようですわ」

マリーはいたずらっぽく笑った。

『私はあなたの目の色のほうが好きよ。だって、あなたの目も髪の色も落ち着いていて地味で大人しそうだもの。私のは華やか過ぎて滑稽だもの』

マリーはそう言ったが、その華やかな髪色に合う明るいピンクのドレスに身を包んでいる。

(これは自虐に見せかけた自画自賛なのかしら)

エレーヌは、マリーに対して意地の悪い気持ちが湧き起こるのを抑えられなかった。

『私、ゲルハルトが結婚するなんて思ってもいなかったわ。だから、結婚するって聞いて本当にびっくりしたのよ。でも、ブルガン王国の王女だと聞いて納得したの』

マリーはまくしたてるように言ってきた。

『ねえ、ゲルハルトはあなたに優しくしてる?』

「え、ええ、それはもう」

『そう、それならよかったわ。ゲルハルトには気が利かないところがあるから心配だわ。私も口を酸っぱくして言ったのよ。お嫁さんは大切にしてもしすぎることはないってね。たとえ愛人を作っても、妻を一番に考えてねって』

エレーヌはマリーを見返した。

(たとえ愛人を作っても?)
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