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惨めな晩餐会

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るエレーヌの部屋からはきれいに手入れされた庭園を見ることができた。庭園の向こうには川があり、馬車が橋を往来しているのが見える。川の向こうには建物がひしめき合っており、大聖堂がそびえたつ。

さらにその向こうには海が広がっている。

その景色は単調なエレーヌの生活の中でささやかな楽しみだった。

ゲルハルトなのか、ハンナの兄なのかよくわからないが、贈り物は毎日続いていた。花やお菓子であることが多かったが、竪琴を持ってきてくれたときには、それが楽器とわかってエレーヌはそれに夢中になった。

音の高さを探り当てながら、母親が歌ってくれた歌を思い出しては奏でた。寂しい夜には竪琴を奏でると、心落ち着くことができた。

また、あるときは筒のようなものが贈られて、レンズがついていることから望遠鏡だとわかった。

エレーヌは本の挿絵を思い出した。

(王様がこれで外を見ていたわ)

エレーヌはバルコニーから外を眺めてみた。川の向こうでひしめき合っている建物は、市場だとわかった。

目線を下ろすと、庭を手入れする職人や、渡り廊下を行き交う侍女の表情まで見えた。

(面白いわ)

贈り物のおかげでエレーヌの寂しい暮らしは少しだけ豊かになったが、肝心の「ラクア語の教師」も「本」も与えられることはなかった。

(贈り物でごまかすつもりなのかしら)

ゲルハルトは、悪意をもってエレーヌを部屋の中に一人で閉じ込めているのかもしれなかった。

(本当にいやな人……)

ある日、望遠鏡で外を眺めていると、賊を乗せた数頭の馬がこちらに向かっているのに出くわした。

(まあ、大変だわ!)

しかし、その賊は立派な剣を腰に下げているのに気付いて、良く眺めると先頭にいるのはゲルハルトだった。従えているのは側近らしく、側近らも剣を下げているが、ゲルハルトに似た格好をしている。

みな一様に髭の半裸に、ボサボサの髪だった。

ゲルハルトは側近を引き連れてすごい勢いでこちらに向かっている。ゲルハルトは王宮に着くと馬を飛び降りた。

建物の中に入って姿を見失ったが、間もなくして中庭に出てきた。側近を引き連れて移動するのですぐにわかった。

中庭には黒目黒髪の婦人にピンクブロンドの髪の令嬢がいた。二人は髭に半裸のゲルハルトを意に介することもなさそうだった。

(本当にいつも半裸なのね、あの人)

三人は楽し気にお茶をしていた。

エレーヌは急に孤独を感じて、覗き見るのをやめた。

***

その日は、午後が過ぎた早い時間に、ハンナがやってきた。ハンナはいつも以上に腕によりをかけて髪をセットする。

(何かあるのかしら)

「エレーヌさま! ####、#####」

部屋にドレスが運ばれてきた。

「ゲルハルトさま、######」

それもゲルハルトからの贈り物だと言いたいのだろうか。

(どうせ、義理で贈ったものでしょう)

ハンナが広げるドレスを横目で見る。

紫色のそれは、いかにも手の込んだドレスだった。裾には細やかな刺繍が縫い込まれ、ところどころ真珠が縫い付けられている。

興味なさげにするエレーヌの前に、ハンナはそれを合わせた。

(これを着なきゃいけないのね)

しぶしぶ袖を通すも、それはエレーヌをとても引き立てるように見えた。

肩で絞られた生地はゆったりとしたドレープを作りながら胸の前で交差し、腰を細く見せている。

エレーヌは、そのドレスによって、とても大人びて見えていた。

艶やかな金髪に紫色の目、バラ色の頬、豊かな胸に細い腰。

ここに来たばかりの頃の白い顔にやせっぽちの人形のようだったエレーヌは、1か月を経て、すっかり大人の女性へと変貌を遂げたようだった。

(何だか、私じゃないみたい)

「エレーヌさま! キレイ!」

ハンナは興奮気味にもう一度エレーヌを鏡台の前に座らせた。

ドレスを着たエレーヌを見て、髪型を変える気になったらしい。

髪はサイドは上げて後ろは垂らすスタイルだったものを、後ろもまとめて高く結いあげ直される。確かに、そちらの方がよく似合っていた。

それから、ハンナは、小箱を開けると、中から黒いネックレスとイヤリングを取り出した。仕上げとばかりに、エレーヌの首と耳につける。

ハンナは手を叩いて褒めてきた。

「エレーヌさま、キレイ!」

その装身具の黒は、ゲルハルトを思わせた。ゲルハルトの所有印をつけられているようで、エレーヌは不快に感じるも、外すわけにはいかなかった。

着替え終えたところに、ディミーが現れた。

「息子さんは大丈夫?」

「ええ、いつも申し訳ありません」

「いいのよ、大変なのでしょう?」

ディミーの様子から、息子は状態が良くないことがわかるために、エレーヌは何も言わなかった。

ディミー以外の通訳も付けてもらえるとありがたいのだが、ゲルハルトは贈り物以外では一向にエレーヌを気遣うつもりはないらしい。

「今日は何かあるの?」

「晩餐会だそうです」

「行かなきゃだめかしら」

エレーヌはうまくこなせるか不安だった。何しろ、敵陣に一人。エレーヌはそんな心地でいる。

「エレーヌさまのお披露目会でございますから。大丈夫ですわ。皆さま温かく受け入れてくださるに違いありませんわ」

ディミーは励ますようにそう言ったが、エレーヌの不安は払拭されることはなかった。

(どうせ、追い出されるのに、お披露目会なんか要らないのに)

ドレス姿のディミーはずっと晩餐会ではそばについていてくれるらしい。エレーヌにとってはディミーだけが頼りだ。

そこに来客があった。遠慮がちに部屋に入ってくるのは、ゲルハルトだった。

白いブラウスに黒のズボンというシンプルないでたちだった。髭は剃り、髪も整えている。

髭に半裸のときは野蛮人か賊のようだったが、その格好では、優美な貴公子に見えた。

優しげな笑みを浮かべている。

(他に愛する人がいるくせに)

エレーヌは惨めさに押しつぶされそうになりながらも、毅然とゲルハルトの顔を見つめ返した。

ゲルハルトはエレーヌを見ると、目を細めて言ってきた。

「エレーヌ、キレイ、#####」

《きれい》との言葉を聞き取ってしまい、エレーヌの心臓が急にばくばくと音を立てはじめた。ゲルハルトはエレーヌに優しげな目を向けている。

(何でそんな目で見るの? やめて欲しいわ)

腹立ちと、どこか浮つく気持ちを同時に抱く。

『あなたに近寄っても?』

ディミーを介して会話をする。

(いや、と言えるわけがないわ)

「はい」

ゲルハルトはゆっくりとエレーヌに近づいてきた。ゲルハルトの手がエレーヌの前に差し出された。エレーヌは自分の手を乗せた。

『今日は仲の良い夫婦の《ふり》をしよう。みんながいるからね』

ゲルハルトはゆったりと笑みを浮かべて、それは優しげな目でそんなことを言ってきた。

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