588 / 631
第十七部
河原の派遣登録
しおりを挟む
向井は河原が、
派遣登録した時のことを思い出していた。
河原もまた、
下界では大沢帝国の犠牲者の一人、
といえるのかもしれない。
冥王が河原に寛大なのも、
安達の事と同じように思っているからなのだろう。
向井が冥界に慣れてきた頃、
河原はサロンに上がってきた。
冥王が向井を呼び止め、
「先程サロンに、
河原希江という女性が上がってきたと思うんだが」
というのでタブレットで確認した。
「あぁ、上がってますね。
彼女は何かあるんですか? 」
「ん………一応、派遣登録しといてください」
「えっ? 本人に確認しないでいいんですか? 」
向井が驚いて聞くと、
「彼女に関しては………仮ということで」
「はぁ、別に構いませんけど、
彼女に話はしますよ」
「それはかまいません」
今なら、
向井も冥王の気持ちが理解できるが、
あの時は不思議だった。
向井がサロンに入り河原を探すと、
椅子に座ってぼんやりする姿を見つけた。
医療ミスで亡くなっているので、
心残りも多いだろう。
向井が声をかけると彼女が顔をあげた。
三十歳という年齢より若く見える。
「え…と、河原希江さんですね」
「はい………」
ぼうっとした表情のまま、河原は返事を返した。
「俺は冥界で派遣課を担当している向井と言います」
「冥界………という事は、やっぱり私………
死んでるんだよね。
ここって天国? 地獄? 」
河原が振り向いた。
「天国でも地獄でもありません。
ただの死後の世界です」
向井の説明にも上の空で頷いていた。
「河原さんは小説家さんですよね」
その言葉に初めて顔つきが変わって、
椅子から立ち上がった。
「そうだ! 連載の途中………あ………
でも死んじゃったんだ………
プロット出来上がってなかったし…
別にもういいか………」
河原は再び表情をなくすと、
椅子にストンと腰を下ろした。
そしてサロンを見回し、
「ここにいる人って、みんな死んでるの?
なんか楽しそう………」
と笑った。
このサロンに来る霊は問題のないものばかりなので、
病気や事故からの痛みから解放されたものは、
皆ホッとしていて穏やかに見えるのだろう。
河原はそれからしばらくして、
作品を書き始めた。
向井が図書室をのぞいていると、
「河原は小説を書き始めましたか」
冥王が横に立ちホッとしたように言った。
「冥王は河原さんが気になっているようですが、
何かあるんですか? 」
「ん………彼女は災害孤児なんですけど、
事情が少し………」
冥王はそこまで言って口を閉じた。
言いたくないのか、
説明しにくいのか、
冥王はそのあとも何も話さないまま、
休憩室に移動していった。
派遣登録した時のことを思い出していた。
河原もまた、
下界では大沢帝国の犠牲者の一人、
といえるのかもしれない。
冥王が河原に寛大なのも、
安達の事と同じように思っているからなのだろう。
向井が冥界に慣れてきた頃、
河原はサロンに上がってきた。
冥王が向井を呼び止め、
「先程サロンに、
河原希江という女性が上がってきたと思うんだが」
というのでタブレットで確認した。
「あぁ、上がってますね。
彼女は何かあるんですか? 」
「ん………一応、派遣登録しといてください」
「えっ? 本人に確認しないでいいんですか? 」
向井が驚いて聞くと、
「彼女に関しては………仮ということで」
「はぁ、別に構いませんけど、
彼女に話はしますよ」
「それはかまいません」
今なら、
向井も冥王の気持ちが理解できるが、
あの時は不思議だった。
向井がサロンに入り河原を探すと、
椅子に座ってぼんやりする姿を見つけた。
医療ミスで亡くなっているので、
心残りも多いだろう。
向井が声をかけると彼女が顔をあげた。
三十歳という年齢より若く見える。
「え…と、河原希江さんですね」
「はい………」
ぼうっとした表情のまま、河原は返事を返した。
「俺は冥界で派遣課を担当している向井と言います」
「冥界………という事は、やっぱり私………
死んでるんだよね。
ここって天国? 地獄? 」
河原が振り向いた。
「天国でも地獄でもありません。
ただの死後の世界です」
向井の説明にも上の空で頷いていた。
「河原さんは小説家さんですよね」
その言葉に初めて顔つきが変わって、
椅子から立ち上がった。
「そうだ! 連載の途中………あ………
でも死んじゃったんだ………
プロット出来上がってなかったし…
別にもういいか………」
河原は再び表情をなくすと、
椅子にストンと腰を下ろした。
そしてサロンを見回し、
「ここにいる人って、みんな死んでるの?
なんか楽しそう………」
と笑った。
このサロンに来る霊は問題のないものばかりなので、
病気や事故からの痛みから解放されたものは、
皆ホッとしていて穏やかに見えるのだろう。
河原はそれからしばらくして、
作品を書き始めた。
向井が図書室をのぞいていると、
「河原は小説を書き始めましたか」
冥王が横に立ちホッとしたように言った。
「冥王は河原さんが気になっているようですが、
何かあるんですか? 」
「ん………彼女は災害孤児なんですけど、
事情が少し………」
冥王はそこまで言って口を閉じた。
言いたくないのか、
説明しにくいのか、
冥王はそのあとも何も話さないまま、
休憩室に移動していった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
幼馴染の勇者が一般人の僕をパーティーに入れようとするんですが
空色蜻蛉
ファンタジー
羊飼いの少年リヒトは、ある事件で勇者になってしまった幼馴染みに巻き込まれ、世界を救う旅へ……ではなく世界一周観光旅行に出発する。
「君達、僕は一般人だって何度言ったら分かるんだ?!
人間外の戦闘に巻き込まないでくれ。
魔王討伐の旅じゃなくて観光旅行なら別に良いけど……え? じゃあ観光旅行で良いって本気?」
どこまでもリヒト優先の幼馴染みと共に、人助けそっちのけで愉快な珍道中が始まる。一行のマスコット家畜メリーさんは巨大化するし、リヒト自身も秘密を抱えているがそれはそれとして。
人生は楽しまないと勿体ない!!
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
おっさんの異世界建国記
なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる