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第三章 (2)

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「むろん、正気だけど」
「冗談じゃないすよ! そんなこと、考えるのやめてください!」
「とめたって! わったしは、行くと決めたら、行くのだから」
「勘弁してください。今は姐さんがいないんすよ。もし留守の間に、天ちゃんの身に何かがあったら、どう申し開きするんすか!」
「もしかして、数弥さん。ざく姉、怖がってるの?」
「そんなの当然すよ。姐さんの怖さは、普通じゃないすから」
「でも、本当に、ざく姉なら、この場合、おとなしくしてるかなあ?」
 天美は探るような目をして聞いた。
「どういう意味すか?」
「一晩、お世話になった人、殺されたの。ざく姉その立場なら、どうするかなと思って」
「姐さんの気性だと、もちろん」
「もちろん、なーに?」
  いたずらっぽく聞き出す彼女の態度に、数弥は、どう答えるべきか戸惑った。
 そして、天美は、強い口調で言葉を続けた。
「犯人、捜しに行くと思うけど、たとえ、自分が、どんな立場に追い込まれてても!」
「姐さんでしたら、そうかもしれませんけど、僕は、実際、殺人事件の容疑者になったことまでは、さすがにないすし」
「わったしは、今回、頭来てるし、絶対、捕まえに行くから!」
  天美の、その決意を固くした態度に、数弥は困ったような表情をした。どうあっても、とめなければならないのだ。

 しばらく悩んだあと、数弥は再び口を開いた。
「では、その前に確認しておきますけど、天ちゃん、肝心な、ロッセオヴェルデについて、どこまで知っていますか?」
「そんなこと、知るわけないでしょ。今日、会ったばっかりだし」
「やはり、知りませんか。彼らは、構成人数三十人以上の組織す」
「三十人。それがどうしたの?」
「血に飢えた野獣みたいな男たちが、三十人すよ。みんな、ナイフを持っていますし、一旦切れたら、何をするかわからない連中ばっかりなんすよ」
 数弥は必死になって説明を続けたが、
「でも、わったしの、ちからにかかれば、退治するの簡単でしょ」
  天美の強気の態度は変わらなかった。それだけ、自信があるのだ。
「簡単と言われましても・・」
 数弥の言葉が詰まった。そして、天美は意地悪っぽい口調で尋ねた。
「ひょっとして、その集団つぶすと、世の中、まずいことになるわけ?」
「そんなことないすよ。いなくなった方がせいせいしますよ」
「だったら、何も、心配することないでしょ。わったしとしては、まず、そのロッセオヴェルデ捜して、殺人犯の少年見つけて、罪、自白させるだけだし」
「ですけど、天ちゃん、どうやって、彼らを捜すつもりすか? 警察だって、まだ居場所をつかんでいないんすよ」
「それはそうだけど、群れ組んでるなら、街行けば、いずれ見つかるでしょ」
「確かに、そうかもしれませんけど、その、警察の方はどうするんす? 顔は割れているんですし、街に出るなんて、捕まえてくれと言っているようなもんすよ」
「そうね、なるべく、警察とは、これ以上、もめ事起こしたくないし」
「でしょう。さっきだって、いやがってたじゃないすか」
「それは、やっぱり、警察だから。今は、こんな状況なのだし」
 天美はそう答えていたが、やがて、難しい顔をすると、低い声で次のセリフを、
「でも、今回、もしかしたら、使うかもしれない。わったしの行動、邪魔するなら」
「ぜ、絶対にダメすよ。大混乱が起きますから」
 数弥が慌てたように声を上げた。
「と思うなら、その警察に、わったしの邪魔しないように、伝えておけば」
「天ちゃん。これ以上は、勘弁してください。僕をいじめないでくださいよ」
「別に、いじめてるつもりないけど。ただ、わったしの無実、はらしたいだけ」
「その行動が問題なんすよ」
「どこが問題なの? 親切にしてくれた警官さん殺した犯人捜すだけでしょ。それ、妨害してくるのなら、やっぱり!」
「でも、天ちゃんは、殺人事件の重要参考人なんすよ」
「それだって、向こうが勝手に、勘違いしてるだけでしょ。よく考えたら、そんな勘違いで、わったし捕まえに来る方が、悪いんじゃない」
 天美の返答は、ある意味、滅茶苦茶である。こんなセリフ、たとえ、同じ立場になっても、普通の人間は、まずは口にはしないであろう。
「ですけど、警察は職務で捕まえようとするんすから、ある程度は仕方ないすよ」
「どこが、仕方ないの。いくら、警察だとしても、勝手に間違ったこと想像して、人の行動、束縛しようとする方が悪いのでしょ! セラスタでも、似たようなこと、あったけど、そういう人たちは、わったしの、ちからにかかっても仕方ないでしょ!」
 答えているうちに天美のボルテージが上がってきた。どうやら、今の態度の方が彼女の本性みたいだ。先ほどまでは、警察に怯えているふりをしていたのであろう。
 数弥も一連の答弁で、天美の真の姿がわかったようである。目を丸くしていた。
 そして、彼女はかさにかって言葉を続けた。
「セラスタにいたときは、戒厳令という、わけのわかんないものも、あったけど、この日本ではそんなもの、ないでしょ」
「確かに現在はないすけど。それより、天ちゃん。セラスタでは、その戒厳令が引かれたとき、おとなしくしていたんすか?」
「そんなわけないでしょ。外に出るの個人の勝手だし、ザニエルさんだって、『政府にとって都合のいい法律だから、守る必要ない』て、言ってたから破りまくったけど」
「それで、どうなりましたか?」
「何人もの兵隊さんたち、無理矢理、捕まえに来たけど、みんな、わったしの、ちからにかかって、捕まえることやめちゃったけど」
「やはり、そうなっちゃいましたか」
「だからもう、わったしが、犯人、探しに行くのに文句ないでしょ」
「そ、そうすけど。僕はどうすればいいんすかね」
 数弥は返事に困り目がうつろになった。そして、助けを求めるように、あたりをきょろきょろし始めた。 そのとき、壁に貼ってある一枚のポスターが目に入ったのだ。
「そうす。メニアウイッグ!」
 数弥は、突然、ある言葉を口走ると、そのまま陶酔した目つきをして、言葉を続けた。
「そうすね。そうすればいいんすね。僕、前から思っていたんすよ。一度やってみたいな。天ちゃんの顔をって」
 その数弥の変わり様に天美は不安を感じたのか、驚いた目になり、
「えっ! いったい、何言ってるの?」
「ウイッグをつけて、メイクをするんすよ。今、若い子たちの間ではやっている」
  数弥の声には明るさが戻っていた。
 メニアというのは、電脳アイドル集団の名前である。アニメを現実に持ってきたかのような格好で、現在、世代、月間チャート一番という爆発的人気を得ていた。
「変装するってこと?」
「簡単に言えばそうなんすけど、もし、天ちゃんが、そうしてくれるなら、探しに行く許可を与えてもいいすよ」
「許可くれるの!」
 天美は確認するように尋ねた。
「ええ、もちろんす。でも、もう一つ、約束があるんすけど」
「もう一つ?」
「もし、彼らと出会っても、姐さんが帰ってくるまで、絶対に問題を起こさないことすよ」
「えっ! それはダメなの?」
「すみません。これだけはお願いします。僕も立場がありますから」
  数弥の態度は懇願するようであった。
「でも、早く犯人見つけないと」
「どうしても、聞いてくれないなら、僕は天ちゃんを外に出すことができません」
 数弥はそう言うと同時に、玄関の方角に走っていった。そして、ドアの扉を開けた。
  このまま、天美を閉じ込めて逃げていくつもりであった。だが、数弥の住居は普通のアパート、外から鍵をかけても、中からノブをひねって開けられるようになっていた。
  数弥も、そのことに気がついたらしく困った顔になった。だが、ここで、天美を解放するわけには、いろいろな意味でいかなかった。そして、意を決すると、中にいる天美に向かって聞こえるように、
「とにかく、僕としては、このまま、天ちゃんを外に出すわけにはいかないんす。ですが、本当に変装をしてくれるのなら話は別です。それと、姐さんが帰ってくるまでは、絶対に、これ以上、警察とも、ロッセオヴェルデとも問題を起こして欲しくないんす。問題を起こすことがわかっているのに、逃がしたことが姐さんに知れたら、もう、わかるでしょ」
 さすがに、天美も数弥に同情心が起きた。実際、起きかねないからだ。
「わかった、ざく姉が帰ってくるまで、我慢する。それで、いつ、帰ってくるの?」
「明日の今頃す。それまで、本当に、おとなしくしてください」
「もともと、ざく姉には、相談しようと思ってたし、明日までなら何とか」
 結局、彼女は了承をしたのであった。
「そう言ってもらって、本当によかったす。では、今から、道具をそろえてきますから、この部屋で、おとなしく待っていてくださいね。本当にお願いしますよ」
 そして、数弥は、その道具をそろえるため、外に出ていった。
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