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下巻 第五章 (3)

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「この子は、二度と、お前たちに渡さないぞ」
 十条警部が前に出て叫んだ。その態度に競羅は、
〈おっ、警部さん、熱いね〉
 と思っていた。だが、ここで、プシュッ、何か空気が抜ける音がして、その十条警部が崩れ落ちた。ビュイッグが消音拳銃を用いて、警部の右足首を撃ち抜いたのであった。
 基地内での蛮行に続き、まったく、血も涙もない人物である。その二度の行為を目にした天美は、鋭い目つきをしてビュイッグをにらんだ。
 一方、撃たれた十条警部の足からは、血が飛び散り、警視正の部下二人が、慌てて、ケガをした、その警部のもとに駆けつけた。そのあと、警部を支えるように持ち上げると、病院に連れて行くのか、そのまま、パトカーの止まっている方角に肩にかついでいった。
 それを見て、競羅は怒鳴った。
「あんた、いきなり発砲なんて、何ていうことをするのだよ!」
「撃たれる前に撃つ、こうした方が安全だからです。あの刑事に見えるお方、見たところ、かなりの腕前を持っていましたからね」
「とはいっても、無茶すぎるだろ」
「それは、先ほどの懲罰の意味もありますからね。さて、あなたも同じことを犯しましたから、撃たれる権利がありますが、いかがいたしましょうか?」
 ビュイッグは余裕があるのか、ちゃかすような態度である。
「それは、ごめんだね」
「でしたら、ここは、おとなしくしていることですな」
「それも、ごめんだね」
「本当に現実が理解できない、お方ですね。では、もう一段階上げましょうか」
 そして、ビュイッグはハッチの中に向かって、再び指示をした。なんと今度は、戦車の砲身がまっすぐ競羅たちに向けられたのだ。
 ビュイッグは相手を見下すような口調で尋ねてきた。
「いかがでしょうか。これでも、私どもの要求を聞いてはもらえませんかね」
「おいおい、本気で撃つつもりなのかよ」
「むろん、そのつもりです、全員、木っ端みじんですな」
「けどね、ここから先は日本領だよ。あんたらは、そこに砲撃することになるのだよ」
「ええ、わかっていますとも」
「何がわかっているのだよ。あんたが言ってるのは、軍人の砲撃で、基地の外で日本領土にいる日本人を殺すと言うことだよ」
「そういうことになりますな。日本では久しぶりですか。ですが、昔はよくありましたよ、そのような不幸な事故がですな」
「事故だって?」
「ええ、事故です。たまたま、我が軍がかかわったということだけで。痛ましい事故は、どこの国、いつの時代でも起きるものです。それを責めることはできませんな」
 ビュイッグは、いかにも楽しそうに答えた。その返答に競羅は背筋が寒くなった。
〈こいつら、今までも、このようなことを起こしていたのか、ただ自分たちの、都合のいいことに持っていくために、きっと、よその国でも同じ事をやっているのだろうね〉
  同様のことを、下上警視正も感じていたのか、顔面が怒りに満ちていた。
 ビュイッグは憎々しげに言葉を続けた。
「さて、返答はいかがでしょうか。大砲がいやならば、別の方法がありますな。戦闘機の実践練習に巻き込まれるというのも、選択肢の一つですが」
「な、な、何だって!」
「今から、基地内で戦闘機の実戦訓練を行うこともできるのです。その流れ弾が、基地の外に出ても、まったく不思議ではありませんな。こちらの方は言い訳も楽ですよ。『正面ゲートの前に日本人のグループがいるなんて、夢にも思わなかった』と、上に報告すればすむことなのですからな。理由が理由だけに日本政府も強く出られないでしょう」
 ビュイッグは完全に勝ち誇っていた。
  競羅は言い返せず、唇をかむしかなかった。
「でも、そうなると、わったしも死ぬことになるのよね!」
 ここで、天美の声がした。その声に、今まで、楽観的な表情をしていたビュイッグの顔が引き締まった。しまった、といった表情である。だが虚勢を張って言葉を続けた。
「も、もちろん、そ、そういうことになるかな」
「いいの、本当に、そうなっても」
「それは、し、仕方がないだろう。す、少しは問題が片づくのだからな」
  ビュイッグの言葉が崩れた。彼の任務は、天美をCIAの工作員にするため、本部に連れてくることである。だが、その天美が死ぬとなれば任務失敗ということになるのだ。
  はっきり現実を言わせてもらうと、天美がいない状態であれば、ビュイッグ側は、遠慮なく、大砲で脅かして、ひるんだところを全員射殺していた。
  天美は、そのことを、じゅうじゅう承知しているので強気の態度に出たのである。
「では、わったしごと全員撃てば、侵入者なのでしょ!」
 天美は、かさにかかって答えたが、この場所では、まだ向こうの方が有利であった。
 ビュイッグは、すばやく、まわりを確認すると、再び勝ち誇こりの声を上げた。
「しかしな、お前が、真っ先に死ぬとは限らないのだぞ。よーく、まわりを見てみろ」
 その言葉に従い、まわりを見ると、兵士たちが一同に向かって銃をかまえていた。
 戦車に気を取られている間に、七人の兵士たちが体勢を立て直していたのである。それどころか、ジープに乗っていた十二人の兵士も、同様に銃をかまえていた。
「どうだ、わたしの合図一つで、ここにいる半分は血祭りにあげられるぞ。今度は、不意打ちはきかないぞ、合流した兵士たちは戦地経験者ばかりだからな」
 天美は、そのビュイッグをにらんでいたが、結局、
「わかった、わったし、そっち行くことにする」
 と、あきらめたように答えたのである。
「あんた、何を言い出すのだよ?」
「でも、わったしが、向こう行けば、みんなも助かるのでしょ」
「そう思うのなら、あれを見てみなよ」
 競羅は答えながら、基地の前方を目でしゃくった。
 その競羅が目で指したところは、イーグル戦闘機の出向ゲートである。そこでは、スタンバイ直前をあらわす緑色のシグナルが光っていた。
「見てみな、あの様子では、こいつら、完全にこっちを生かして返す気はないよ」
 競羅は厳しい顔をして答えた。天美も、その方角を見つめ、最初のうちは、競羅と同様に険しい顔をしていたが、すぐに柔和な顔に戻って答えた。
「大丈夫。向こうに行ったら、そんなこと起きないから」
「さあ、どうかね。無謀な賭けだと思うけどね」
「でも、今は、こうするしかないでしょ。向こうだって、わったし怒らせては、元も子もないのだから、素直にいけば何もしないでしょ。もしその間に、気分を害すような行動でもしたら、わったし絶対、この人たちの言うこと聞かないし!」
「とは言ってもね、行き先はCIA本部だよ。あそこは怪しさ満杯だし、また、気絶させられて、脳改造なんかされたら、あんたの意志は通じなくなるのだよ」
 競羅の言葉に天美は無言になった。考えているのだ。
「どうやら、話は決まったようですね」
 その様子に手応えを得たのか、ビュイッグが再び丁寧な口調に戻った。先ほどは、思わぬ言葉の反撃で、むきになって乱暴になったが、
 そして、天美は、そのまま、ビュイッグに向かって確認をするように言った。
「わったしが行けば、この人たち無事に返してくれるのね」
「むろんです、何事もなく、この車の中に入っていただければの話ですが」
「この中って?」
「そうです、もうすぐ、来ます」
 ビュイッグの謎めいた言葉通り、一台の黒塗りの小型トレーラーが現れた。
 そして、その特殊トレーラーは、ビュイッグの搭乗している戦車の前に、縦列駐車をするように停車した。一同の見つめる中、トレーラーの後部収納庫が開き、そこから、タラップのようなものが、自動的に引き出てきた。
 この中に入れ、という合図である。天美が中を見ると、やはりというか、そこには怪しい空気穴があった。例のガスを噴出する仕掛けになっているのだ。
「さあ、この車の中に、自ら歩いて入ってもらえますか。おっと、他のものは、誰一人動かないようにしてくださいね、それより、いっそのこと、全員、両手を挙げてもらいましょうかな。また、先ほどみたいなおかしな行動を取られると、かなわないですから。抵抗などをいたしましたら、遠慮なく撃たせてもらいますよ」
  ビュイッグの言葉通り、銃を競羅たちに向けた兵士たちが、ゲートライン上に整列をしていた。この状況で、一斉射撃命令がでたら、全員、皆殺しであろう。
「し、仕方がないね」
 競羅はそうつぶやいた。結局、警官を含め、その場にいた全員は、降参ポーズである両手を挙げたのである。
  その様子を満足そうにビュイッグは見つめていた。そして、勝ち誇った態度で天美に向かって声を出した。
「さて、こうなったからには、従うしかないですな」
「絶対、約束してね。みんなに、手、出さないこと」
 天美はそう答えると、ビュイッグの言葉に従い、両手をあげて前に出たのである。
 そして、再びビュイッグの号令がかかり、ゲートライン上に整列していた兵隊が、さっと、カーテンを開けるように左右に分かれた。この行動は道をあけると同時に、天美の能力に、引っかからないための防止であろう。
 その様子を見た天美は、無言でゲートラインをくぐった。すると、再び号令がかかり、先ほど左右に引いた兵士が、もとの整列ラインに戻ったのである。


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