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残り香編

28・ブタさん蚊遣器とスッカラカン

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今後はともかく、今回は新規開拓する気はなかったので、昨日のお昼ご飯を食べたオシャレなお店でご飯を食べた。


「でも基本は自炊だよね。無限にお金がある訳じゃ無いし」
「だな。とりあえず大体の家具はあるから、買うべきは包丁とかまな板とか調理器具とかか? 当然、服と食料は買うとして」
「食器も要るよ。スプーンとかフォークとか。それからレクスは防具と武器も買った方が良いよね。これから冒険者としてクエストこなさないといけないんだし」
「そうだな。今日は色々買いまくって、明日からクエストやりまくる! だな!」
「うん、出来るだけ安く良いもの買って回ろう」
「「お~!」」

謎にかけ声なんてしちゃって、私達はうきうきで商店街を見て回ることにした。


あーでもない、こーでもないと、ゆるゆる話し合いながら色々な物を揃えていく。
色違いのカップ。猫の足跡が付いた柄のカラトリー。角にちょこんと肉球の刺繍が点いたフェイスタオルを10枚ほど。足拭きマット。玄関マット。

じわじわと実感が広がっていく。
一緒に、暮らすんだ。
2人で決めた物に囲まれて。
一つ一つ、増えていく物を使用し、生きていくんだ。


「リコ、リコ! これすっげー格好いいな!」

レクスが頬を紅潮させてとある店に並んでいる商品を指さした。


「…………ブタ?」

「ブタっぽいな!」

「なにこれ」

「分かんない!」


レクスは元気よく答えた。


「それはね、蚊遣器かやりきと言って蚊取かとり線香せんこうを入れるブタをしたうつわだよ」

レクスの声が聞こえたのか、お店の奥から店主らしき女性が顔を出す。


「おや、いらっしゃい。まあ驚いた。竜殺しのぼうや達じゃないか。昨日は二度もカイエを救ってくれて有り難うねえ」

「いえ。それより何でオレ達の顔がれてるんですか」

「あはは。そう警戒けいかいしなさんなって。双剣そうけんのマッシュ殿が通信魔法網つうしんまほうもう宣伝せんでんしまくってるからねえ。今カイエで通信魔法つうしんまほうを使うと、もれなく坊や達の格好いい姿と宣伝文句せんでんもんくが引っ付いてるのさ」

「そう言えば宣伝に使っても良いかって言ってたね」

「おお良かった無断むだんじゃなかったのね。まあマッシュさんに限ってそんな事はしないだろうけどさ」

「すみません、とんだ失礼を」

「いえいえ。可愛いお嬢さんまもるにはこれくらいの用心は当然よ。気にしないで」

「あの。こちらのブタ? の容器、買わせて下さい」

「まあまあお嬢さんたら、そんな気にしないで良いのに」

「違うんです。レクスが何故かこれの事すっかり気に入ってるみたいで。あの、カって何ですか?」

「“エスターテ”にいる害虫がいちゅうらしくてね。人の血を吸うみたい」

「何それ怖っ」

「ひとごろし虫……!」

「いえいえ、そこまで殺意の高い虫じゃないみたいだよ。血を吸われると痒くなるとか」

「かゆく……!」

邪法じゃほう使つかいの虫……!」

「いやいや、居るのは“エスターテ”だけだから大丈夫よ。ファーレには居ないから」

「そうなんですか、良かった……!」

「怖がらせてごめんなさいね」

「大丈夫です。あの、これ“夏”の物なんですよね。珍しい物ですよね。お高かったり……?」

「今はそうでもないわよ。半年くらい前までは“エスターテ”は邪龍じゃりゅう教団きょうだんの奴らが鎖国さこくしてたからとってもレアものだったけれど」

「! まさか」

「そうなのよ。エスターテ王家の生き残り、キャンスリア女王が龍神族りゅうじんぞく万夏ばんか皇子おうじ”と共に邪龍じゃりゅうを討って解放戦争に勝利したそうよ。即位されたキャンスリア女王がファーレとも交易を再開して下さってね。そのお陰でこちらたったの3000ダーケ!」

「良かったぁ。はい、3000ダーケです。女王陛下じょうおうへいか様々さまさまだぁ~」

「ハイ確かに。ホントそれね。商売人としては女王陛下にはお礼が言いたいわ~。
それにしても可哀相にお嬢さん方、マッシュさんに竜殺しの褒賞金ほうしょうきんまるっと取られた形でしょう。あの宣伝せんでん的に貴方方あなたがたがスッカラカンなの丸分かりだわ。マッシュさんも悪い人じゃないんだけどね。やり手だからねえ」

「も~スッカラカンです。でも高性能こうせいのうで素敵な家を買わせてもらいました。帰る家があるって有り難いことです。私達はマッシュさんに感謝してますよ」

「あはは。そりゃ良かった。その若さで、ピュアさで10億ダーケ持ってるの知られまくってる状態でしょあなた達。それって戦いとは別の種類の危険だわ。スッカラカンなのバレバレじゃなかったら悪い大人がむらがってたわよ絶対。だから今の方がかえって良かったのよ、きっと」


なる程、そういう見方もあるのか。
と感心しつつブタさんをポンとレクスに渡す。
どう見ても格好いいとは思えないけど。
レクスが言うからそうなのかなあ?


「はい、レクス」

「……え」

「受け取って。プレゼントだよ」


キョトンとしているレクスの顔がイケメンさんなのに何処か可愛い。


「もし何時かお金を使える日が来たら、絶対レクスに何かプレゼントしようってずっと決めてたの。何時も私と一緒に居てくれて有り難うレクス。これからも出来るだけずっと一緒に居られたら嬉しいな」


言葉の途中でレクスに強くめられた。
おばちゃんが「あらまあ」とにんまりしている。
レクス落ち着いて街中だよっ、と言ってみても腕は解けない。じたばたしてみても、もっとぎゅっと強くなるだけ。すりすりしてきて、言葉に出来ない衝動しょうどうらしている様子。
身動き取れない。好きにして。
きゅーっとひとしきりめた後、


「有り難うリコ。オレもなんか買う」

「えっと、その。2年後に私をラックパフにしてくれるだけで十分です」

「そんなのは! 既定路線きていろせん! オレも、何か、リコにおくる……!」

「お気持ちだけで十分です」

「いやだ」

「ええー」


「あらまあ。竜殺しの坊やってばサー・ラックパフのご子息だったのね。やっぱり“夏”の方はお強いわね~。それにしてもファーレの貴族議会は恥ずかしいったら。“夏”流れの英雄に嫉妬でもしたのかしら。もっと格好いい家名を贈ったら良かったのに。ファーレ人として申し訳ないわ」

「オレは結構気に入ってます。パフって結構可愛いですよ」

「まあ、そう言って貰えたら嬉しいけれど」



毎度あり~とブタの蚊遣器かやりきを売ってたお店のおばちゃんの声を背にお買い物は続く。
 
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