28 / 37
残り香編
28・ブタさん蚊遣器とスッカラカン
しおりを挟む今後はともかく、今回は新規開拓する気はなかったので、昨日のお昼ご飯を食べたオシャレなお店でご飯を食べた。
「でも基本は自炊だよね。無限にお金がある訳じゃ無いし」
「だな。とりあえず大体の家具はあるから、買うべきは包丁とかまな板とか調理器具とかか? 当然、服と食料は買うとして」
「食器も要るよ。スプーンとかフォークとか。それからレクスは防具と武器も買った方が良いよね。これから冒険者としてクエストこなさないといけないんだし」
「そうだな。今日は色々買いまくって、明日からクエストやりまくる! だな!」
「うん、出来るだけ安く良いもの買って回ろう」
「「お~!」」
謎にかけ声なんてしちゃって、私達はうきうきで商店街を見て回ることにした。
あーでもない、こーでもないと、ゆるゆる話し合いながら色々な物を揃えていく。
色違いのカップ。猫の足跡が付いた柄のカラトリー。角にちょこんと肉球の刺繍が点いたフェイスタオルを10枚ほど。足拭きマット。玄関マット。
じわじわと実感が広がっていく。
一緒に、暮らすんだ。
2人で決めた物に囲まれて。
一つ一つ、増えていく物を使用し、生きていくんだ。
「リコ、リコ! これすっげー格好いいな!」
レクスが頬を紅潮させてとある店に並んでいる商品を指さした。
「…………ブタ?」
「ブタっぽいな!」
「なにこれ」
「分かんない!」
レクスは元気よく答えた。
「それはね、蚊遣器と言って蚊取り線香を入れるブタを模した器だよ」
レクスの声が聞こえたのか、お店の奥から店主らしき女性が顔を出す。
「おや、いらっしゃい。まあ驚いた。竜殺しの坊や達じゃないか。昨日は二度もカイエを救ってくれて有り難うねえ」
「いえ。それより何でオレ達の顔が割れてるんですか」
「あはは。そう警戒しなさんなって。双剣のマッシュ殿が通信魔法網で宣伝しまくってるからねえ。今カイエで通信魔法を使うと、もれなく坊や達の格好いい姿と宣伝文句が引っ付いてるのさ」
「そう言えば宣伝に使っても良いかって言ってたね」
「おお良かった無断じゃなかったのね。まあマッシュさんに限ってそんな事はしないだろうけどさ」
「すみません、とんだ失礼を」
「いえいえ。可愛いお嬢さん護るにはこれくらいの用心は当然よ。気にしないで」
「あの。こちらのブタ? の容器、買わせて下さい」
「まあまあお嬢さんたら、そんな気にしないで良いのに」
「違うんです。レクスが何故かこれの事すっかり気に入ってるみたいで。あの、カって何ですか?」
「“夏”にいる害虫らしくてね。人の血を吸うみたい」
「何それ怖っ」
「ひとごろし虫……!」
「いえいえ、そこまで殺意の高い虫じゃないみたいだよ。血を吸われると痒くなるとか」
「かゆく……!」
「邪法使いの虫……!」
「いやいや、居るのは“夏”だけだから大丈夫よ。ファーレには居ないから」
「そうなんですか、良かった……!」
「怖がらせてごめんなさいね」
「大丈夫です。あの、これ“夏”の物なんですよね。珍しい物ですよね。お高かったり……?」
「今はそうでもないわよ。半年くらい前までは“夏”は邪龍教団の奴らが鎖国してたからとってもレアものだったけれど」
「! まさか」
「そうなのよ。エスターテ王家の生き残り、キャンスリア女王が龍神族の祖“万夏の皇子”と共に邪龍を討って解放戦争に勝利したそうよ。即位されたキャンスリア女王がファーレとも交易を再開して下さってね。そのお陰でこちらたったの3000ダーケ!」
「良かったぁ。はい、3000ダーケです。女王陛下様々だぁ~」
「ハイ確かに。ホントそれね。商売人としては女王陛下にはお礼が言いたいわ~。
それにしても可哀相にお嬢さん方、マッシュさんに竜殺しの褒賞金まるっと取られた形でしょう。あの宣伝的に貴方方がスッカラカンなの丸分かりだわ。マッシュさんも悪い人じゃないんだけどね。やり手だからねえ」
「も~スッカラカンです。でも高性能で素敵な家を買わせてもらいました。帰る家があるって有り難いことです。私達はマッシュさんに感謝してますよ」
「あはは。そりゃ良かった。その若さで、ピュアさで10億ダーケ持ってるの知られまくってる状態でしょあなた達。それって戦いとは別の種類の危険だわ。スッカラカンなのバレバレじゃなかったら悪い大人が群がってたわよ絶対。だから今の方がかえって良かったのよ、きっと」
なる程、そういう見方もあるのか。
と感心しつつブタさんをポンとレクスに渡す。
どう見ても格好いいとは思えないけど。
レクスが言うからそうなのかなあ?
「はい、レクス」
「……え」
「受け取って。プレゼントだよ」
キョトンとしているレクスの顔がイケメンさんなのに何処か可愛い。
「もし何時かお金を使える日が来たら、絶対レクスに何かプレゼントしようってずっと決めてたの。何時も私と一緒に居てくれて有り難うレクス。これからも出来るだけずっと一緒に居られたら嬉しいな」
言葉の途中でレクスに強く抱き締められた。
おばちゃんが「あらまあ」とにんまりしている。
レクス落ち着いて街中だよっ、と言ってみても腕は解けない。じたばたしてみても、もっとぎゅっと強くなるだけ。すりすりしてきて、言葉に出来ない衝動を散らしている様子。
身動き取れない。好きにして。
きゅーっとひとしきり抱き締めた後、
「有り難うリコ。オレもなんか買う」
「えっと、その。2年後に私をラックパフにしてくれるだけで十分です」
「そんなのは! 既定路線! オレも、何か、リコに贈る……!」
「お気持ちだけで十分です」
「いやだ」
「ええー」
「あらまあ。竜殺しの坊やってばサー・ラックパフのご子息だったのね。やっぱり“夏”の方はお強いわね~。それにしてもファーレの貴族議会は恥ずかしいったら。“夏”流れの英雄に嫉妬でもしたのかしら。もっと格好いい家名を贈ったら良かったのに。ファーレ人として申し訳ないわ」
「オレは結構気に入ってます。パフって結構可愛いですよ」
「まあ、そう言って貰えたら嬉しいけれど」
毎度あり~とブタの蚊遣器を売ってたお店のおばちゃんの声を背にお買い物は続く。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる