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生い立ち編
3・無茶ぶられる日々と運び猫のフタバくん
しおりを挟むレクスが来てくれて、何より画期的な事は一人ではなく二人だから、交代で見張りが出来るって事だ。
あらかじめこっそり私の部屋から持ち出した固くてボロボロの毛布。たった一枚きりしかない毛布を二人ですっぽり被って眠る。
二人身を寄せ合いながら夜明けまでの短い時間を交代で眠って過ごした。
レクスのお陰でまとまった睡眠時間を確保できた事によって分かった事がある。
物音に警戒しながら細切れに眠るって、本当に身体が疲れたままなんだって。
たとえ細切れ睡眠時間の合計時間が上だったとしても、途切れず眠った方が疲労回復具合が断然違う。
いくら癒やし猫イチハさんの回復で騙し騙し活動してても、木枯らしに目を覚まし狼の遠吠えに目を覚ましなんてしながらの日々は、あんまり自覚がなかったけれど結構疲労がたまっていたのだ。
レクスのお陰でお肉が定期的に食べられるようになって、きちんとした睡眠時間を確保できるようになった。
レクスが来てから満月を4回ほど見上げた頃、ふと自分の腕を見た私はもしかしたら今、かつて無いほど健康になったんじゃないかと思った。
「結構ガリガリじゃなくなってきた気がする」
温かいお風呂なんてものは当然のように無いので、あんまり寒くない夜に森の泉で二人水浴びをする。
そんな自分の身体を見下ろし私は言った。
「まだまだだぜ。オレの目下の目標はリコのアバラが浮ばないようにする事なんだからな」
「レクスはアバラ浮いていないね」
「鍛えているからな」
レクスは得意げに胸を張る。
鍛えてるなんてもんじゃない気がする。
パン屋のご主人の無茶振りは留まる事なくレクスを襲っている。
だけれど、この小柄な身体のどこにそんな力があるのか、レクスはけろりとした顔で無茶振りに答え続け、パン屋のご主人を微妙な表情にさせている。
具体的には、雷に打たれて真っ二つになった炎の古樹を薪に使うから、パン屋裏まで運んでそれを錆びた斧を貸してやるから薪を大量に作れ、とかいう無茶振り。
まず、炎の古樹ってのは炎の魔力を帯びているから普通の人が持つと火傷する。正確には一般人が保有するごく微弱な魔力でさえも良く燃える炎の魔力に変換してしまう性質の材木って事らしい。
当然ながら少量で良く燃える薪になるからパンを焼くのに良いのだろうけど。
その木に触れると普通の人は火傷する。
ましてや運べだとか死ねと言わんばかりの命令だ。
「パン屋のご主人ってばレクスの事死なないって思ってない?」
「多分そこまで深く考えてないと思うぜ。死んだらそれはそれでって思ってそうだけどな」
「炎の古樹とか普通に死ぬよ」
「ああ、あれは面白かったな! 運び猫のフタバだっけ? 巨木がぷかぷか浮いてて楽しかった」
「も~笑い事じゃないよ。あの時はたまたまフタバくんが急に力を貸してくれる様になったから良かったけど、あの偶然がなかったら二人して焼け爛れながら運ぶところだったんだよ? イチハさんに頼んで癒やして貰いながらのゾンビ戦法って多分すっごく痛いと思う」
「なんでリコも焼け爛れるんだよ」
「だってあんな大きな木、重すぎるよ。私も一緒に運ばないとレクスが命令を聞けなくなる」
「……無理なら出来ませんでしたって言って殴られれば良いだけだ。リコまで無茶をしなくても良い」
「でも、大人の命令は聞かないと。だってそれが普通のことだから」
レクスは答えず、私の手を引いた。
そのまま二人は冷たい湖からほとりへ移る。
心配性気味のレクスは風邪を引かないようにって異様に念入りに水を拭き取ってくれた。
こういう時のレクスの手つきはとても優しくて丁寧に繊細で、私は分不相応にもまるで自分が大切な何かであるかのように勘違いしてしまいそうになってしまう。
思い上がってはいけない。
レクスは優しいから初対面の時の失敗を過剰なまでに反省しているだけ。きっと。たぶん。
なにもせず、ただ大切であるかのように世話を焼かれるという時間に私は何だか耐えられない。
だから私はお返しに、レクスの身体の水滴を拭き取り返した。
気を紛らわせるように思考する。
炎の古樹を運んだ時は大変だったなあと思い返す。
運び猫のフタバくんは茶色い長毛のおすましさんだ。
猫らしくとても気まぐれな性格で、滅多に姿を現わしてくれない。近くに居る気配がして呼んでみても、気が向かないと返事もしなかったりする。
運び猫って名乗ってくれたから何か運んでくれるのかな? と思って重たい小麦袋を運べって命令された時に頼んだ事があったけれど、ぷいとそっぽを向かれたきりだった。
『……ふにゃっふ』
そんな彼でも私達二人で炎の古樹を運べってのは無茶だと思ったのか、仕方ないなあって言いながら力を貸してくれた。
紫色の流し目をくれながら黒く濡れた鼻先をツンと逸らす。姉弟一のふさふさ尻尾をもふんと一振り、多分2階建てのお家よりも背の高い炎の古樹がぷかりと浮き上がり、無事にパン屋の裏まで運ばれた。
「おおー! すげー! リコの見えない猫の力か?? すげーなねこ! ありがとうねこ!」
「運び猫のフタバくんの力だよ。有り難うねフタバくん」
「そうなのか。サンキューフタバ!」
『ふにゃ。ふにゃにゃ』
「今なら大丈夫そうだから? ってどういう事フタバくんって、あ」
フタバくんはもうすっかり興味が失せたように身を翻すと、ふいっと何処かへ消えてしまった。
「行っちゃった」
「ま、ねこだしな。気まぐれなんだろ」
「ねえレクス。今なら大丈夫だからってフタバくんが言ったの。これどういう意味だと思う?」
「リコのレベルが上がったって事だろ。だから今のリコなら運び猫できるって意味なんじゃないか?」
「れべる……」
「強さの基準的な? リコの場合は魔力が増えたとかじゃないか? 見たところリコの魔力を食べてねこが何かすげーチカラ使ってる感じだし。リコの魔力がパワーアップしたんだぜ、きっと!」
良かったなリコってにかっと笑って私を見上げてくるレクス。何だか胸が温かくなる。
「だったら嬉しいな」
最近だと笑顔を浮かべても頬の筋肉が強ばらなくなった。レクスと居るとつられて笑顔が浮ぶから。
「よっし、オレも負けてられないな!」
そんな事言いながら炎の古樹から大量の薪を割りまくるレクス。
多分7歳だか8歳だかの子供が大量の薪割りをするってそれだけで普通に重労働だ。
しかもそれ以外の仕事も大量にこなしながらだから尚のこと。
なのにレクスはこれも修行と思う事にした様で、一生懸命頑張った。
子供のやる事だから1日では終わらないし、途中途中で別の命令をされて作業だって中断しちゃう。
そもそもレクスの魔力に反応して炎の魔力を帯びるものだから火傷しちゃうし、頑丈な木だから腕力も要る。
そもそもからしてでっかい大木であるし。
止せば良いのにレクスは物凄く頑張った。時間が空いたら死にそうになりながら薪割りしてた。
だから私を心配するイチハさんを何とか説得して私がレクスの傍に居られない時でも、薪割りをする彼につきっきりで治療をして貰った。
私が殴られるのは主に夕方以降だから薪割りレクスについていて貰っても大丈夫。
私は他の村民にとって殴られていない子って設定らしいから昼は割りと怪我しない。
そんな日々を過ごしていたら、何もしていないのに何故かちょっとヘトヘトになった。
魔力が減ったって感覚がこれらしい。
私が猫から離れた状態でチカラを使って貰うってのはかなり消耗が激しいみたい。
レクスは連日、それはもう汗だくで何日も頑張っていたから、私もレア物のブドウをこっそり持ち帰って、冷たいブドウ水を作ってあげたりもした。
あれはレクスが色々レベルアップしたと同時に、私の魔力的な方面もレベルアップした出来事だった。
また別の、しょうもない無茶振りがあった。
村長さんの銅像を造るからその土台になる用の石を運べ、って命令をされていた事があった。
見栄を張ったパン屋のご主人が引き受けた、そのよく分からない仕事もまるっとレクスに丸投げされた。
小さな彼は文句も言わずに巨大な石を背負って運んだ。
手伝って貰えるよって言ったけど、これはフタバくんの助力は不要って断られた。
レクスは寧ろ嬉々としてやっていた。
修行になるからだって。
ちょっと理解しがたい感覚だ。
でも結局村長さんの銅像計画、予算が足りなくて中止になったから巨大な石、元の所に戻せって。
何だかガックリだよね。
正直言えばバカみたいだって思った。
レクスは普通にこなして見せたけれど。
こんな風にレクスは常々、力仕事をサボりたいパン屋のご主人から力仕事ばっかり命令されている。
だから絶対力とか体力とかめきめきレベルアップしてると思う。
私は何にもしてない。
家中ピカピカにしたり、洗濯したり、ご飯作ったり。こんなの誰にでも出来る普通の事。何の価値も無い仕事。だって家族の誰もがそう言っている。
因みに母と姉は彼女らが大好きな刺繍とかの針仕事ばっかりやってる。まるで貴族のご令嬢みたい。
あとは怒鳴られたり殴られたりするくらいかな。
何の為にもならない事ばっかり。
レクスはちゃくちゃくと力を付けて言っているのに私ときたら、レクスの回復しかしてない。
レクスはお礼を言ってくれるけど、私がいないと死んでしまうと言ってくれるけど。
私はレクスみたいに力が強くなってはいない。
恐いこわいモンスターに剣を持って立ち向かって倒すだなんて、出来そうもない。
レクスはまるで当然の事のように、私なんかを護ろうとしてくれるのに。
「リコがいてくれるだけでオレは頑張れるんだ。負けられないと踏ん張れる。リコを思うと力が湧いてくる。リコのお陰なんだ。オレがオレなのは。一人ぼっちだったらとっくの昔に心か身体が死んでいた」
さらっとそんな事を言ってくる。
そんな言葉に値するとは思えなくて、私は途方に暮れてしまう。
レクスが初めてモンスターを殺した時。
彼は足が震えていた。短剣を持つ手が震えていた。
当然だ。誰だって魔物は恐い。
だって初対面時は勝てるかどうか分からない。
勝てると分かれば恐くはないが、通用するかなんて未知数。
殺されるかもしれないって事は子供にとって恐怖でしかない。
でも彼は、彼の後ろでへたり込んだ私を見て、必死に歯を食いしばった。
後退る足を、強い意志で押しとどめた。
緑の瞳が決意を帯びて爛々と強く輝いた。
私を護る小さな背中が、とても大きく頼もしく見えた。
絶対にぜったいに、私の元へと行かせないという断固とした決意を感じた。
いざ動き出せば、彼はあっけなく敵を屠って見せた。
けれどその為の一歩を踏み出す事は、途方もない勇気に見えた。
私はレクスの腕力の半分もない。
戦う為の動き方がとても下手くそ。短剣だって何だかヘンな振り方になる。
多分致命的にセンスがないのだ。
後ろで護られるばかりの役立たず。
癒やしているのはイチハさん。
私は魔力を提供してお願いするだけ。
私がこんなだからミツバちゃんもヨツバ卿も力を貸してくれないのかな。
出来るだけレクスの受けた命令を手伝って、レクスの暇な時間をたくさん作る。
木の実や果物の確保係も私がメインでしないとだし、たくさんある隠れ家の管理維持、ぼろ布の確保、服の修繕、それからもっと色々私がサポートする。せめてこれくらいは。
そんな感じで時は流れていった。
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