ダンジョンライフ

ジャンボ

文字の大きさ
上 下
21 / 26

第19話

しおりを挟む
「やあっ!」

涼子が薙刀を一閃。
するとホーンラビットは一撃で両断され、その生命力をゼロにする。
その死体は徐々に粒子となり小さな魔石のみを残した。

「やった!レベルが上がりましたよ!」
「こら!魔物を倒したからって油断するな」
「あっ.......ごめんなさい」

偉そうなことを言っているが俺も最初はレベルアップする度にその場ではしゃいだりとかしてたけどな。
蘇生薬という保険はあるものの、涼子を死なせるわけにはいかない。
これは正さんと唯さん、そして自分との約束だ。
だから危険が殆どないとはいえ、下の階層に行った時に適切な対応が取れるよう今から訓練する必要がある。

涼子が魔石を持ってトコトコ近づいてきた。

「流石に全国チャンピオン。良い太刀筋だったぞ」
「ありがとうございます。次からは気を付けます」
「そうだな。ミスならここでめいいっぱいしておけ。下に行けば行くほどひとつのミスが命取りだからな」
「はい!あ、これはどうしましょう」
「魔石か.......そうだな。涼子にはこれをあげよう」

俺が取り出したのはなんの変哲もないショルダーバッグ。

「ありがとうございます。これに入れ.......え?」
「涼子君、これが何かわかるかね?」
「もしかして、異空間収納ですか?!」
「正確に言うと〝マジックバッグ〟というやつだ。俺の収納と違って、ただ中の空間が大きいだけのものだな。手を突っ込めば何が入ってるかわかるから、念じれば取り出すことができる」
「おお~」
「ただ、人前で使う時には注意しろよ?明らかにキャパオーバーなもんを取り出したらそれがそういうアイテムだってバレるし、最悪狙われるぞ」
「わかりました!大事に気をつけて使います」

その後も涼子は気配探知でホーンラビットを探しては、気配遮断で接近しホーンラビットの意識の外から攻撃して倒していく。
周囲に人気がない時は水魔法と風魔法を使うのも忘れない。

ダンジョンの低階層は難易度や場所に関わらず洞窟が続く。
また、多くの探索者がこの付近の階層で活動することを想定してなのか、やたらと通路の分岐が多い。
どの道を進んでも最終的に次の階層への入口にはたどり着く親切設計だ。
深い階層になると迷路になっていたりするのだが。

それと、ダンジョンの特徴としてトラップの類が殆どないことが挙げられる。
殆どというのは、魔物が大量湧きする「モンスタートラップ」のようなものはあるからだ。
その場合は大体が部屋の中心に宝箱が置いてあったりとわかりやすい。
それに、フィールド型だと環境そのものがトラップとも言えなくはない。

5時間ほどかけて特に誰かと接触することも無く2階層の入口である階段へとたどり着いた。
涼子のレベルはまだ1から上がっていない。
俺ですらそうだったが、レベル1以降はそれなりに魔物を倒さなければレベルは上がらなくなる。

「この階段を降りると2階層だ」
「確か2階層もホーンラビットしか出ないって」
「俺も調べてみたがそうらしいな」
「直ぐに降りますか?」
「そうだな。涼子の薙刀の実力とスキルを考えればホーンラビットが複数いても余裕だ。経験値の効率を考えても2階層の方が良い」

ありえないだろうが俺も後ろで見てるわけだし、全く心配はしていない。
正直、ゴブリンも余裕だと思っている。

俺達は2階層への階段を降りたのだった。



~~~~~



龍一と涼子がダンジョンに潜っている頃、涼子の父親である神谷 正も行動を起こしていた。
いくら龍一の商品が高品質とはいえ、値段が値段であるためすぐさま利益が上がるとは彼も龍一も当然考えてはいない。
そこで、正は店を妻である唯に任せてとある場所に来ていた。

「フレンチレストラン~SAKAI~」

都内にあるフレンチレストランで、かの有名なガイドブックでも二ツ星の評価を受ける名店である。
正がここに来たのは勿論商品の売り込み、営業だ。
生産者である龍一ではなくその卸先である正が売り込むというのもなんだかおかしな話ではあるが、ともかく正はこの店を訪れた。

実は正はこの店に来るのは初めてではない。
若い頃、唯にプロポーズをした思い出深い店だったのだ。
そうは言ってもたかだか青果店の店主が簡単に話を聞いてくれるとは正は初め思っていなかった。
しかし、ダメ元でアポイントを取ってみたところ、なんと話を聞いて貰えるとのことになった。

一方で、そのSAKAIのオーナーシェフーー酒井 英明さかい ひであきーーも悩んでいた。
海外での厳しい修行を経て若くして都内に店を構えるオーナーシェフとなった。
政財界や芸能界の大物も数多く訪れ、予約もなかなか取れない店として確固たる地位を築いていた。
かのガイドブックでも二ツ星を与えられ、まさに順風満帆のように見える。

しかし当の本人である酒井は満足していない。
何年も連続で星貰ってはいるがあくまで二ツ星。
食材を厳選し、どれだけ料理に工夫を凝らしても最高評価である三ツ星に至らない。

「何か.......何かないのか」

酒井は悩みに悩むが良い案はなかなか浮かばない。
しかしそこに一件の電話が来る。

何やら青果店が食材を見て欲しいということだ。
生産者ではなく青果店というところに疑問が湧くが、それはともかく酒井は興味を持った。
酒井が扱う食材は本人が農家を直接訪れ、自ら厳選したものばかり。
昔はよく売り込みに来る者もいたが、今では殆どない。

本来なら即断ってもおかしくない。
しかし酒井は「変化」を求めていたし、翌日はたまたま店の定休日。
酒井は「神谷青果店の神谷 正」と名乗る男と会ってみることにしたのだった。

「神谷 正です。本日はこのような機会を設けていただき、ありがとうございます」
「酒井 英明です」

挨拶もそこそこに正は早速話を切り出す。

「実は、とある生産者様からうちに卸して貰っている野菜や果物がありまして」
「ほう.......(野菜と果物.......か。何か日本では見られないようなものか?)」
「それがこちらになります」
「これは.......」

それは日本でもよく見るものだった。
何か特殊な食材がある訳では無い。
しかしーー

「大きさ・色艶共には素晴らしいですね。うちも厳選した食材を取り扱っているつもりですが、それと遜色ないレベルですよ」
「ありがとうございます。よろしければご試食ください」
「ありがとうございます。ではーー」

見た目がいくら良くても結局中身が伴わなければ何も意味が無い。
酒井は慣れた手つきで野菜をカットする。

「美しい.......」

キレ口を見て思わずそう呟いてしまった。

「(切り口の美しさは勿論、その感触も今までにない。これは.......)それでは、いただきます」

生のままカットしたものを口に運んだ。

「こ、こ、これは.......!!!」
「どうですか?僕も一応はこの道のプロです。これを初めて食べた時は驚きましたよ」

酒井は正が持ち込んだものを次々とカットして口に放り込んだ。
正はニコニコしながらその様子を見ている。

「(なんだこれは.......。国内外問わずあらゆる食材を口にしてきたつもりだったが、これほど美味しいと思ったものはないぞ!)神谷さん!これは一体どこで?!」
「私の娘の知人の農家さんが生産したものでして」
「その農家というのは.......」
「紹介するのは良いですが、私がここに来たということをご理解いただきたい」
「なるほど」

酒井は直ぐに理解した。
生産者本人ではなく卸先の青果店の人間がここに来たという事は、「欲しけりゃその青果店から買ってくれ」ということなのだろう。

「わかりました。ここにある食材の全てを契約したいと思います」
「よ、よろしいのですか?」
「ええ。神谷さんは私のところに来たのが最初ですかね?」
「そうですね。酒井さんのところが最初です」
「それは僥倖。では、早速ですがーー」

酒井は正の持ち込んだ食材の全てを入荷することを即座に決めた。
それは酒井が待ち望んでやまなかった「変化」そのものだったのだ。
とはいえ、彼は料理人であると同時に経営者である。

龍一と涼子がダンジョンで戦っているように、ここではビジネスという名の戦いが始まろうとしていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

現代ダンジョンで成り上がり!

カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる! 現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。 舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。 四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

天使の依頼

一郎丸ゆう子
ファンタジー
普通の大学生が天使に依頼されて、地球を天使だけの星にする計画に参加するというお話です。 ふと、思いついたので書いてみました。

処理中です...