信長英雄記〜かつて第六天魔王と呼ばれた男の転生〜

揚惇命

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2章 オダ郡を一つにまとめる

58話 セルの的当ても佳境を迎えて

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 問題を起こした貴族の対処に向かおうとしたワシを遮って、向かっていったのは、ゴルド・グロスターであった。

「サブロー様ばかりに貴族としての当然の行いを見せさせるわけにはいきませんからな。ここは俺に任せてもらおう」

 ゴルド・グロスターは、スタスタと歩いて行き、セル・マーケットの熱烈なファンに言われて、怒りで真っ赤に膨れ上がり、手を出そうとする前に入ると一喝した。

 それに気圧された貴族は、相手が旧御三家であっても貴族の格として上の相手に言い負かされたので、捨て台詞を吐いて立ち去っていった。

「余計なお世話でしたかな御麗人」

「いえ、助かりました」

「相手が貴族だろうと恐れず物申す姿に心を打たれましてな。つい手を貸してしまった。そう言って頂けて、有難い限りだ。さぁ、皆もうここは落ち着いた。今、必死に頑張っているセル殿を皆で見守ろうではないか」

 ゴルド・グロスターがワシの隣に戻ってくる。

「俺のやり方は如何だったかな?」

「フッ。70点だな」

「それは辛辣ですな」

「これでも褒めているつもりだ。領民のためセルのため出張ってくれたこと感謝する」

「領主様が一領地を預かる臣下に頭をそう下げるものではありませんぞ」

「歳の離れた友人ではダメか」

「俺とサブロー様が友人か。ガハハ。それは面白いですな」

 ゴルド・グロスター、この男を見ていると不思議と大学助を思い出す。
 信勝の家老を務めながら稲生の戦いでは、ワシに味方して、名塚砦を死守し、信勝の家臣を打ち取る活躍をし、桶狭間合戦では、丸根砦をその命尽きるまで竹千代の攻撃を惹きつけてくれた。
 アヤツの活躍なくて、今川を倒すことはできなかったであろう。
 ワシはアヤツを捨て駒にして、竹千代を引き釣り出し、義元の隙を付いたのだ。
 あの雨も我らに味方してくれた。
 大学助よ。
 もしや、ワシと織田家の行く末を心配して、お前が降らせたわけではあるまいな。
 ハッハッハ。

 説明しよう。
 大学助とは、佐久間盛重さくまもりしげのことであり、佐久間大学さくまだいがくの名でも知られる守将である。
 織田信行と織田信長の兄弟対決である稲生の戦いでは、織田信行の家老でありながら信長へ味方することを表明し、名塚砦を防衛。
 続く、桶狭間の前哨戦では、丸根砦の守備を命じられ、大高城を牽制、これを危機と感じた徳川家康を誘い出すことに成功。
 丸根砦は、大高城と鳴海城の往来を防ぐ目的で建てられた砦でもあり、鷲津砦と共に今川義元に取って厄介だった。
 それゆえ、信頼していた徳川家康に攻落を任せたのだ。
 しかし、佐久間盛重の命、尽きるまで丸根砦は落ちなかった。
 その命が桶狭間における織田信長の勝利の一因に大きく関わっていることは言うまでもないだろう。

 しかし、セルの集中力は凄いものだ。
 先程の喧騒を全く意に介さず2射目の準備をして、精神を落ち着かせている。
 大丈夫だ。
 お前ならやれるとワシは信じている。
 何たってお前は、久太郎の奴によく似ておるからな。
 久太郎の奴は、政治から戦まで、何でも器用にこなしてくれた。

 説明しよう。
 久太郎とは、13歳の若さで信長の小姓となった堀秀政ほりひでまさのことであり、16歳の時に鎌倉幕府の15代将軍である足利義昭あしかがよしあきの仮住まいの普請奉行ふしんぶぎょうを担い、越前一向一揆や紀伊雑賀討伐戦では、将として兵を率いて戦った文武両道の名将である。

 セルの放った2射目は、僅かに的を捉えることはできなかった。
 領民の落ち込む溜め息は聞こえるが騒ぐ奴はもう居ない。
 皆が固唾を飲んで、セルの一挙手一投足を祈りながら見守る。
 そう、セルは間違いなく、ここにいる領民たちの希望の星なのである。

 セルは落ち着き冷静にさっきの反省点を分析して、ラストに活かそうとしていた。

 1射目は、弓を引き絞る力が弱かったから手前で失速した。
 2射目は、その反省を活かして、強く引き絞った結果狙いが少しズレた。
 この2つを良い感じに修正できれば、当てられるはずなんだ。
 自分に負けるな。
 限界を超えるんだ。
 相撲では、体格差で到底勝てないと頭と小技を使った。
 アレで何を評価してくれたのかはわからないけどサブロー様は僕に期待してると声をかけてくださった。
 そして、今回は明らかに実用的だ。
 弓を使って、遠くの的を狙う。
 それに、初めサブロー様は弓兵隊を新設し、その隊長にあの眼鏡をかけた黒髪の綺麗な人を任命するって言ってた。
 これはその適正を見る試験なんだ。
 師匠は予選で敗退してしまったけどそれは弓を使うことに適正がなかったというだけで、全てが終わりということではないはず。
 僕が器用にこなせれば、それだけ師匠を補佐してあげられる。
 良し。
 考えは纏まった。
 頭を空っぽにして、目の前のことに全身全霊をかけて集中するんだ。
 これが最後だ。
 当てるイメージはできてる。
 後は、それに近づけるだけ。

「セル・マーケット様、命中により90メートルクリアとなります。お疲れ様でした」

 マリーの言葉を受け、観客のボルテージは最高潮に達していた。

「おい、見たかよ。当てやがった。セルの奴がまた俺たちを楽しませてくれたぞ」

「キャー。あの子がまた魅せてくれたわ。カッコいい~。私の隅々まで見せたいちゃいぐらい興奮しちゃったわ~」

「セル、お前は本当に最高の息子だ。これだけ多くの者がお前に魅せられてる。誰が何と言おうが俺はお前の父ちゃんであることを誇るぜ」

 このことに1番驚いていたのは、何を隠そうセル・マーケット本人である。

「えっ?当たった!?僕、当てた?」

 他の者たちは、90メートルを当てて、トーナメントに来ているので、余裕でクリアする。
 そう、ここでの1番の盛り上がりは、セル・マーケットが90メートルをクリアできるかだったのである。
 そう、ここはあくまでも予選の延長戦だということをこの後痛感する。

「セル・マーケット様、100メートルクリアならず。ここまでの健闘に大きな拍手をお送りください」

「おいセル。俺ぁ。もうすっかりオメェのファンだ。楽しませてくれてありがとよ。祭りの最終日も期待してるぜ」

「あ~ん。惜しい。3射なんて少なすぎます。5射あれば、クリアできてましたのに~。自分のことのように悔しいですわ~。セルちゃんのこと慰めてあげなきゃ。ポッ」

「セル、よく頑張った。今回は周りが強すぎた。その中、良くここまで成績を残してくれた。皆を沸かせてくれた。お前は父ちゃんの自慢の息子だ」

 観客に頭を深々と下げるセル・マーケットの姿に領民たちは、さらに心を奪われていた。
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