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5章 天下統一

義賢による司馬懿の考察

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 朝の日差しが眩しい。
 隣には愛おしい妻である董白がいる。
 幸せだ。
 間違いなく幸せだ。
 しかし、この幸せは何れ終わりの日を迎える。
 俺の死と共に。
 いや、帰るべきところに魂が帰ると共にか。
 俺は現実世界で恐らく結婚はしないだろう。
 いつまでも董白を想い続けてしまう。
 そんな気がしている。
 それにしても死に戻りの能力か。
 劉白、いやこの身体の元の持ち主は、変わらない運命に絶望して、その力を手放そうとしたところを天上人となった甘氏に諭されて、俺に託すことにしたんだっけ?
 この力で縁を結んだ人の何と多いことだろう。
 それに、この力には、エネルギーを使うらしく、普通の状態なら問題ないが俺の今の状態だと2回以上発動した場合は、問答無用で魂が連れ戻されるらしい。
 これ以降は、計画的にそしてどうしようもない場合を除いて、味方の損害も無視しなければならないということだ。
 味方の損害が出たから死に戻りしてやるぜとか。
 大事な人が亡くなったから何度も死に戻りを繰り返すとか。
 そういうことは、もうできない。
 俺の一挙手一投足に全てがかかっている。
 幸いにも今の劉備軍には、荀彧殿を筆頭に状況を変えうる存在が沢山いる。
 自分1人で何でもしようとしたあの頃とは違い任せられるところは任せられるのだ。
 それは強みだろう。
 さて、いつまでも寝たフリをしながら薄目で愛する妻の顔を眺めていたいがそうも言ってられない。
 動けるうちにできるだけの手を打たないとどのような手でも容赦なく使うようになった司馬懿を止められない。

 董白「義賢、おはよう」

 義賢「董白、おはよう。キモチヨカッタよ」

 董白「何故、片言なのよ!どういたしまして、朝食作るからもう少し待っててね」

 俺は、董白の後ろ姿を見送った後、司馬懿のことを自分なりに考察することにした。

 何故、司馬懿はあれほど焦っているのか。
 大体の検討は、付いているつもりだ。
 史実では、司馬懿は曹操に2度、仕官を求められて、ようやく臣下になったとされる。
 だが、この世界では、司馬郎の推挙によって曹操に会い仕官を断られた。
 その後、曹丕に仕えたというのは、噂で聞いた。
 司馬郎も顔に泥を塗られて、曹操に怒りを持っていた可能性もある。
 現代では、諸葛一族とよく比較され、司馬一族は皆優秀だと言われている。
 まぁ、諸葛一族が優秀じゃない原因の多くが諸葛亮の子供にあるとは思う。
 まぁ、それは置いておいて、あの当時からそんなことを言われているということは、即ち司馬一族は皆曲者揃いということだ。
 人質を取るように指示したのは、司馬懿だろうがそれが世間にわからないようにし、実行犯の曹丕ばかりを際立たせているのも見事と言える。
 その結果、一部の領民から批判を受けているのも曹丕だ。
 この状況で、司馬懿が誰にもバレることなく曹操を暗殺し、人質の解放をしたら世間はどう思うだろう?
 司馬懿を英雄視する。
 人質を取るような非人道的なことをした曹丕から人質を救出した英雄と。
 それを狙っている司馬懿が手元に人質を置くはずがない。
 人質がいるのは、間違いなく長安の曹丕の邸宅だ。
 その予想は、既に田豊殿と沮授殿にも共有した。
 2人とも二つ返事で、その可能性しかないだろうと言ってくれた。
 2人とも史実では、袁紹が進言を聞き入れていれば、曹操に勝てていたと言われる知将だ。
 そのお墨付きが得られたということは、俺の予想は十中八九当たっていると言っても良いだろう。
 これで、司馬懿に直接ダメージを与えることはできなくても。
 その狙いの一つは潰せる。
 追い込まれた司馬懿が次に何をするかは未知数だが。
 司馬懿にとってのイレギュラーが俺なら。
 俺が司馬懿に勝つしかない。
 諸葛亮すら勝てなかった相手に勝って、この世界での俺が終わるか、諸葛亮のように道半ばで命を失うか。
 天命次第か。
 もう一つ、司馬懿を焦らせている原因があるとすれば、将の質かもしれない。
 人質を取ってまで、言うことを聞かせたい上位に入るのは、万能型で勇将として名高い曹仁、兵の指揮に置いて、類稀なら才覚を発揮した曹真、攻落に定評のある曹洪、たとえ負け戦であっても相手に甚大な被害をもたらした曹休辺りか。
 だが人質を取らなくてもこのうち曹丕に従う者が2人いる。
 曹真と曹休である。
 彼らは、曹操から曹丕と寝食を共にするようにと言われた曹丕の近臣である。
 なら、曹丕と彼らの仲違いを狙ったと考えるべきか。
 孤立させた曹丕を討ち取りやすくするために。
 いや、何でも言うことを聞く曹丕のことだ司馬懿に言われればホイホイ。
 ん?
 そうか!
 人質を取ったのは、曹丕に反感を買わせるためだけじゃない!
 曹仁たちを戦場で、死なせるためだ。
 どうして、そのことに直ぐ思い至らなかった!
 それを討ち取るのは、漢中攻めを行う趙雲たちだ。
 父を討ち取られたと知った彼らの子供たちは、無条件で司馬懿を頼りとする。
 何故なら、司馬懿を置いて、仇討ちを成せる相手が居ないからだ。
 複数箇所に渡って、張り巡らされた蜘蛛の糸。
 あくまで司馬懿の狙いは、司馬一族による天下統一、そのための布石でしか無いということだ。
 その犠牲で無くなるのが名将、曹仁だなんて、許せるわけがない。
 しかし、困った。
 あの夢で見た曹仁の最期は、自身を討ち取った趙雲に子供のことを頼むどこまでも子のことを想う父の姿だった。
 なら、玉砕覚悟で曹丕に特攻は、無茶だ。
 だって、曹仁には、曹丕と司馬懿のどちらが子供を隠しているか知らない。
 司馬懿に特攻して、曹丕から子供を盾に詰め寄られたらその刃を下ろすしか無くなるだろう。
 逆もまた然りだ。
 いや、逆の場合は、もっと酷いかもしれない。
 曹仁は、自分たちが死ぬことで民のことを第一に考える劉備軍に人質となっている者たちを託そうとしたのだ。
 それが、あの死に顔か。
 全てを諦めていながらどこか安堵した表情だった。
 良し、やらなければならないことはまだある。
 曹仁たちも救おう。
 人質さえ解放されれば、曹仁たちとて、降らないにしてもその場は武器を置き、漢中から撤退するかもしれない。
 天然の要塞と言われる漢中が手に入るだけでも大きい。

 董白「義賢、できたわよ」

 義賢「今、行くよ」

 美味しい朝食を食べ、家を出ようとした時、董白が一言呟く。

 董白「義賢、昨日も言ったけど貴方は多くの人を殺したかもしれない、でもそれ以上に多くの人を救ってきたことも確かよ。甘寧なんて、そうでしょ。生き別れた妹と再会できたんだから。それに、李杏だって、貴方が槃瓠族の里で出した犠牲が無ければ歩み寄れなかったかもしれない。全ては、必然なのよ。多くの人に頼ることが天下統一への近道じゃないかしら。なんてね。家に籠ってる女の戯言よ。気にしないで、気をつけて行ってらっしゃい。旦那様」

 義賢「あぁ、行ってくるよ」

 そうか、協力を仰げる人はまだまだいる。
 俺の暗躍は、まだまだ序の口ってことか。
 よーし、やるぞ。
 最高のハッピーエンドのために。
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