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4章 三国鼎立

巴郡の惨状

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 馬超と張任は、劉璋亡き後、焼け落ちた巴城を見て鎮痛な面持ちとなる。

 張任「この惨状では、生き残りは居ないだろう」

 馬超「張任殿、主君を斬って、その上こんなことになった城を見て、辛いであろう。案内は他のものに任せて」

 張任「いや馬超殿、それには及ばない。これは、主の専横を止められなかった俺の責任だ。貴殿にも迷惑をかけた。劉璋様のことだ人質を取って無理やり従えたのだろう。そうでなければ、正義を貫く貴殿が悪に手を貸すとは思えないのでな」

 馬超「いや俺は、張任殿にそんなふうに言われる資格などない愚かな人間だ。偽の情報に釣られて、涼州よりも漢中で守りを固めるのが得策だと安易に飛びつき、臣下たちを路頭に迷わせる散々だったのだからな。それを受け入れた劉璋殿に恩を感じていた。噂はあくまで噂だと飲み込んでな」

 張任「それがどうして、考えを変えるに至った?」

 馬超「劉備殿の弟君に言われたのだ。噂ではなく真実だと。劉焉殿を保護して、全てを聞いたのだと」

 張任「劉焉様は、生きておられるのか。良かった」

 馬超「いや、忽然と療養施設とやらから姿を消したとのことだ」

 張任「そうか。では、もう生きてはいまい。今、思えば、あの時劉璋様は自身の兄弟を裏切り者として、躊躇なく斬り殺したのだ。もうとっくの昔から狂っていたのにそれを認めずに俺は。何が忠臣だ。忠臣とは、主が道を間違えた時に諭し戻す者のことだ。俺は悪事に知らず知らずのうちに手を貸していた犬畜生以下の存在だ。この手で幕引きをさせたが俺の手はすっかり汚れている。この上、何ができようか」

 馬超「そう自分を責めるな。左慈方士の話が本当なら邪法にまで手を染めて、人を従わせていたのだろう」

 張任「だから俺に責任が無いなんて言えるわけがない。俺は劉璋様が狂っていたことに目を瞑ってしまったのだからな。誰にも許しを乞うつもりはない。この罪を背負って、劉璋様に託された劉循様と劉闡様を御守りする。例え、劉備殿が許してくれなくともな」

 馬超「貴殿の想いを劉備殿は無碍にされる御方ではない。それより、これからが大変だ。俺が本当に人質に取られているのは父だ。それも曹操にな。曹操が俺を劉備殿の元に置いておくとは思えない。近々、俺も決断を迫られるだろう。難しい決断をな」

 張任「そうか。貴殿も辛い立ち位置だな。仕えたいと願う主には仕えられず。去らなければならないことを危惧している」

 馬超「そうかもしれん。だが、家族を見捨てることなど俺にできようはずもない」

 張任「なら答えは決まっているのに悩まれている。ますます大変ですな」

 馬超「あぁ、とてつもなく厄介な問題なのだ」

 2人は、話しながらも消炭となってしまった巴城を回る。生き残りがいることを信じて。

 張任「残念だ。俺がもっと早く飛び出していれば、いや。この城を容赦なく燃やすのを見て、ようやく自分の行いが間違っていたことに気付いたのだ。到底、無理な話であった」

 馬超「しかし、自国の民にここまで容赦が無いとは、しかしこのやり口、漢中と似ている。まさか、劉璋自体操られていたということはないか?」

 張任「どういうことだ馬超殿?」

 馬超「劉璋の側に居た者で、消えた人間は居ないか調べる必要がある!それには、張任殿が適任だ」

 張任「すぐに調べよう」

 ガラガラガラと音が聞こえ、人の声がする。

 張魯「母様、母様、俺たちを守るために」

 張姜子「何悲しい顔してるのよ張魯。子供を守るのは母の務めよ」

 張玉蘭「でもそのせいで、母様は巫女としての力を」

 張姜子「そうね。もう美貌は保てないかもね。でも、良いのよ。これも私への罰だから」

 厳顔「御子息だけでなく我々まで、助けて頂いて感謝に耐えん」

 趙筰「焼け死んでいてもおかしくはなかったのだ感謝する」

 張衛「母上、なんて無茶を広範囲の結界を圧縮して重ねて張るなど」

 張姜子「でもそのお陰で家族と数人の人たちの命は守れたわ。欲を言えば全員守ってあげたかったけど。私の力が弱いばかりに」

 馬超と張任が信じられないものを見たとばかりに驚き戸惑う。

 馬超「あの火の中をこれだけ生き抜いたというのか?炎症もなく?奇跡だ」

 張任「趙筰殿!厳顔殿!」

 趙筰「張任殿」

 厳顔「張任、我々を殺しに来たか。劉璋に何故付き従うのじゃ」

 張任「良かった。2人が無事で本当に良かった。数々の無礼、今は亡き我が主の代わりに謝らせて頂く」

 深々と頭を下げる張任に今度は2人が驚く。

 趙筰「状況がわからないのだが劉璋様は、亡くなったのか?」

 厳顔「劉璋様が亡くなったじゃと!?」

 張任「臣下としての務めを果たし、この度の責任を取って自刃して頂いた」

 殺されたと自刃したでは、大きく意味合いが違う。前者は当然だと皆囃し立てるだろう。だが後者だと最後には自らの行いを恥じたと名誉を保てるのだ。張任は、劉璋の名誉を守ったのではなく、劉璋の子供たちのことを考え、そういうことにした。それが1番良いと張任なりに忠節を尽くしたのである。しかし、2人も馬鹿ではない。わかっている。わかっていて、敢えて何も言わない。頷くだけだ。しかし、この場においてこの人だけは違う。

 張姜子「劉璋の元に案内してください」

 張任「失礼ですが貴方は?」

 張姜子「張姜子、劉璋は私の息子です」

 この言葉に張魯たち全員が驚くが驚くだけでそのことをこの場では追及しない。それは張姜子の目に涙が溢れていたからである。子を亡くした母の涙が。

 張任「わかりました。こちらにどうぞ」

 案内されたところでは、飛んだ首を元に戻して、包帯を巻き、担架に乗せられて運び出されようとしていた劉璋の亡骸があった。それに縋り付く張姜子、身体も冷たくなりもう何も聞こえていない耳に精一杯の謝罪と本音を語るのである。

 張姜子「劉璋、ごめんなさい。貴方には、辛い道を歩ませてしまいましたね。こんな事ならあの時強引にでも貴方を連れて逃げれば良かった。私は誰よりも貴方の身を案じていました。子を思わない母などいません。私が劉焉と不可侵を結んだのも全ては貴方の成長を遠くからでも見守るため。でもそれが貴方を余計に苦しませてしまったのですね。劉璋、もう何も心配しなくて良いのです。母が毎日でも貴方のお墓に顔を出しましょう。貴方の好きな物も何も知らない哀れな母ですがどうかそれぐらいは許してくださいな。ゆっくりお休みなさい」

 劉璋の霊体がその言葉をしっかりと聞いていた。

 劉璋「そうか、この人はこの人なりに俺のことを。俺のことを心配してくれている人は確かにいたのだな。死んでから気付くこともあるなんてな。一回死んでみるものだな。好きなものか?女なんて言ったらどうするだろうか?備えてくれるわけが。いやこの母のことだ自分では不服ですかとか言って、俺の墓の前で寝転んだりしてな。単純に酒とリンゴで良いな。ありがとう。母さん。やっと心からそう呼べる気がするよ。そして、ごめん。こんな形じゃなくてもっと話をするべきだったね。張魯、いや義兄さん、母さんのことを頼んだよ」

 張姜子「ふふっ。女を求めるなんて。それに私のことがよくわかっているわね。お墓の前で寝転んであげるわね。リンゴと酒ですって!?高価なものを要求するのね。五斗の米にしときなさいな」

 張玉蘭「母様、誰と話して?」

 張姜子「さぁ、行きましょうか。これから忙しくなるわ。だって、孫を盛り立て無いといけないのだから。張任だったわね?孫の元に案内しなさい」

 張任「了解しました」

 こうして、巴郡で生き残った者たちは、犍為城にいる劉循の元へと身を寄せることとなる。
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