タロウのひまわり

光野朝風

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タロウのひまわり1

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 公園を薄汚い野良犬が歩いていました。
 野良犬の毛は汚れ、ぼさぼさで、まるで泥の中を転がってきたようでした。
 男の子が野良犬を見つけて近寄ろうとすると、お母さんが駆け寄ってきて、「やめなさい! 噛まれたりしたらどうするの! こんな汚い犬」と言って、男の子を遠ざけました。
 野良犬は冷ややかな目で親子を一瞬見て、何も興味がわかないかのように歩き去りました。
 野良犬にはタロウと言う名前がありました。
 タロウは小さな頃に大きな女性がそう言っていたのを覚えていました。
 タロウは女性の家で、母親と楽しい日々を過ごしていました。
 ある日のこと、小さなタロウは女性に抱きかかえられながら、どんどん見知らぬ場所へ連れて行かれ、不安になりました。
「ごめんね。タロウ。誰も引き取ってくれないから、こうするしかないの。子供はもう家じゃ育てられないから。生きてね、タロウ。ごめんね。ごめんね。ごめんね」
 女性は何度も謝りながら、タロウをダンボールの箱の中に入れて去っていきました。
 小さなタロウはどうしていいかわかりませんでした。
 ゴミ捨て場に置き去りにされたタロウは、ぼんやりしながら周りを見回しました。
「誰かきっと迎えに来る。お母さんはどこだろう。僕一人じゃとっても寂しいな」
 でも、誰も迎えに来ませんでした。
 タロウはとても悲しくなりました。
 ゴミ捨て場には色々な人が来ますが、誰一人タロウを連れて行こうとしません。
 ひとりぼっちで寂しそうに道行く人を眺めるタロウのもとに、手をつないだ親子連れが来ました。
「ママー。この犬おうちに連れて帰ろうよ。かわいそうだよ」
「ダメよ。うちのマンションはペット禁止でしょ。うちじゃ飼えないの。お願い。わかって」
 少女とママはそう話しながら帰っていきます。
 ときどき、優しい少女がお菓子を持ってきて食べさせてくれますが、それではおなかがいっぱいにはなりません。
 ときどき、大きな車から男の人が降りてきて、タロウを見てため息をつきます。
「ったく、こいつまだいたのか。保健所に持っていってもらうか」
 ときどきゴミを集めに来る男の人がそう言いました。保健所ってなんだろうとタロウは思いましたが、小さなタロウは行き場もなく、どこか行くところがあるならそこでもいいやと思いました。
 次の日、優しい少女がお菓子をたくさん持ってきて言いました。
「わんちゃん、逃げて。わんちゃん保健所に連れて行かれるんだよ。殺されちゃうんだよ。私わんちゃんに死んで欲しくないから。逃げて」
 タロウはお菓子をおなかいっぱいになるまで食べて、殺されるくらいなら逃げようと思いました。
(どこに行けばいいのだろう)
 逃げるといっても、タロウにはあてがありません。
 トボトボと歩いているうちに日も暮れてきます。
 足も疲れて、だんだん動かなくなります。
 タロウは路地裏の隅でうずくまって寝ることにしました。
(ここはどこだろう)
 空を見上げると、大きなお月様が浮かんでいました。それを見ていると、なんだかお母さんのことを思い出します。
 一緒に暮らしていたころは、お母さんは一生懸命タロウのことを優しく包んでくれていました。
(またお母さんに会えるのかな)
 タロウは夢でもお母さんに会えたらよいなと思い、「おやすみなさい」と言って眠りにつきます。
 その時、タロウの「おやすみなさい」を聞いていたものがいました。
 土の中のひまわりの種です。
 土の中のひまわりの種は、そっとタロウへと「おやすみなさい」と言いました。
 その種の小さな声にタロウは気がつくはずもありません。
 タロウがある日公園へと行くと、子供たちが遊んでいました。
 子どもたちはタロウを見つけると、駆け寄ってきます。
「なんだこの犬汚いなぁ」
「なあ、なんか新しい遊びないの?」
「そうだ。こいつに石一番多くあてたやつが勝ちってのどうだ」
「いいね、動く的だ」
 タロウは嫌な予感がして、逃げようとしました。
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