だから、私は愛した。

惰眠

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第五章

思考実験でいうところのトロッコ問題

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 私は、いつも葛藤するのだ。

 何がだめで、何がいいのか。
 本当にしてはいけないことは何か。
 本当にしたいことは何か。

 私は、いつもこの手で、彼の顔を極限まで歪ませる計画を立てるのだ。

 突然、後ろからナイフのようなもので貫いたり、抱きしめたその手で、首を締めあげたりと、彼が一番に苦しむ顔を想像してはぐっすりと眠る。

 今日、したかったこと。
 今日、できなかったこと。

 やりたくてもできない、そのもどかしさが、彼から伸びた手のように首を絞めるのだ。
 なんとも、狂おしいことか。

 しっかりと、私が悶え苦しむように。
 苦しみ悶え、私の爪が彼に食い込むように。

 最後の最後まで、しっかりと私の首を抱きしめてくれてることだろう。


 私の頭の中はいつも、彼のことばかりだ。
 彼のこと以外を考えるなんて、想像もできないほどに。

 完璧な人間はいないというが、彼のその不出来が、私は愛してやまないのだ。

 不完全で、不明瞭で、不健康的なその愛情表現は、私の妄想の中だけに留めておくことにする。

 彼の前では綺麗な仮面を被り、綺麗な幻想に彼を誘うのだ。

 彼が心から私という毒に侵され、そして心死にゆくその時まで。

 大切に抱きしめ、大切に愛すのだ。

 我が子にそそぐ母性のように。
 自身のペットにそそぐ愛好精神で。

 真っ白の気持ちでどろどろに溶かした悪(あく)を、彼に静脈注射する。

 少しずつ私の吐息を混ぜ、唾液を混ぜ、彼が私によってその体を侵されていくのだ。


「ねぇ、夏樹君。」

「なんですか?」

「夏樹君は、クラスの全員と私、もし、どちらかを殺すとしたらどうする?」

「なんで、そんな物騒なこと言うんですか?」

「まぁ、いいから。君の答えは?」

「僕は、クラスの人たちよりは、美幸さんに生きててほしいです。」

 彼は、照れながらそう答える。

 私は、心の奥底でガッツポーズをする。

 死んだ目に、狂い歪んだその表情で、闇の中で笑い叫び、狂う。

 私は、彼が私という毒に侵されていく光景を目の当たりにする、この瞬間が好きだ。

 徐々に、私に盲目的になってくのだろうと思うと、早くこの指を彼の口に突っ込んで嘔吐させたい。

 欲求が、爆発しそうで仕方がないのだ。

「今日は、どこに絆創膏を付けてほしい?」

「別に自分でつけれるよ。」

「私に絆創膏つけてほしいから怪我してるんじゃないの?」

「別にちがうよ…。」

「そう。残念。」

 私は、少なからず意識して誘惑をする。

 彼が、私の中の闇に堕ちるように。

「うん…。」

 彼は、私が意識して傷付けていることに気づかないのだろう。

 彼がもっと私のことを意識して、そして何よりも、優先する選択肢の一部になったのなら、私が彼に求めることの一つを減らせる。

 彼の中での私の位をどのくらい上げられるのかは、私の腕にかかっている。

 彼という白にどれだけ色を加えて、私と同じくらいの黒になるのか楽しみで仕方がない。

 私は、今日も悲しげなその背中を見守る。

 彼の首元にするか、足首にするか。
 傷つける部位に思い悩みながら。
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