だから、私は愛した。

惰眠

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第一章

教室

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 彼らは、それが当たり前の日常かのように彼をいじめる。

 そこに慈悲なんて言葉が生まれるものなら彼は、きっと救われている。

 私は今日も持ち前の影の薄さで、彼らを観察する。
 もちろん、どんなことを彼らがしようとも止める気はない。
 このクラスでのある種のルールにのっとった行動だ。

 とても面倒ではあるがそれがとても私には気楽に思えた。

 いじめられる彼は、とても惨めで、とてもかっこ悪かったがそこがかわいかった。

 あわよくばもっと絶望感のある顔をしてくれたならどれだけ興奮するか。

 私は、本を読む。

 素敵なラブロマンスだ。
 きっとこの話は、月9のドラマなんかになるのが落ちだろう。

 私は、主人公にもヒロインにも共感はできない。
 できるとするなら、この作品に低評価を付けたアマチュアの物書きくらいだろう。

 私は、この教室の空間が大好きだ。

 とてもじゃないが、人間の暮す空間ではないところが特に好きだ。

 ここに優しさという雫が一滴でも落ちようものなら、簡単に黒く染め上げられてしまうことだろう。

 私は、華のJKというものが面白おかしくて仕方がない。

 この小説内で書かれている華やかさをここの教室と比べるとあまりの落差で、転落死してしまうことだろう。

 私は、この教室で起きるいじめは、肯定派だ。
 理由を述べるとしたら、教室中の誰もが共感するように楽しいからの一言で完結するだろう。

 今このタイミングでいじめられている本人がナイフを持ち出していじめっ子たちを刺殺したなら、今度は私にもと挙手をすることだろう。

 しかし、この日常のつまらないところと言えば、攻守交代が存在しない点だ。

 人は簡単には変われないというのが通説だが、そのようである。

 私は、彼が何発殴られて何発蹴られ、どこに体をぶつけ、そして、どこにアザがあるのかを熟知している。

 私がいじめられることはあり得ない。

 この教室であまりにも目立たなすぎるからだ。

 きっと、私が妄想癖に溺れる狂人だと言われたところでそれまでだ。

 変わっているだけ。

 いじめというものは、普通にしている奴がターゲットにしやすい。

 特徴のない人間の特徴を上げていくほうが間違い探しのようで面白みが増すことだろう。

 私は、いじめられているという特徴は彼の大切な個性だと思っている。

 私がいつか彼の手を握りしめて毎日のようにその絶望感を分けてくれるのなら、どれだけ喜ぶことか。

 このいじめが、止まったのなら、気が変わってしまいそうな私は妄言を頭の中で繰り返す程度で事足りる。

 私は、たまに彼の落とされたシャーペンの位置を少しだけ遠くにすることがある。
 私も彼らのように彼の人生の中に混ぜてほしかったのだ。

 彼が陰ながら泣いてるところをたびたび聞くと、とても私に依存させたくてたまらなくなる。

 きっと私が優しさを見せた途端、彼はとても元気に私に縋ることだろう。
 本来はうれしいのだが、私にとっては、今がとても愉快である。

 死ぬことは決してないが、苦痛。
 この時間を長くも過酷に耐え続ける姿はラブロマンスで言うところのヒロインの告白への緊迫感に似ている。

 素晴らしい。

 ポップコーンがあれば完食してしまえるだろう。

 甘ったるいデザートでさえこの刺激には、耐えられない。

 私は、たまに卒業するのが嫌になる。

 卒業までまだ遠い話かもしれないが、彼が苦しむ姿を見なくなるのは、とても辛い。

 私は、今日も小説を片手に、彼の抑え殺すようなその呻きを最高のBGMとした。
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