だから、私は愛した。

惰眠

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第一章

花瓶

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 私は、彼があまりにもかわいそうだと思った。
 そして、とてもかわいかった。

 私は、何もしなかったし、しようとも思わなかった。

 彼はいじめられていた。
 男女問わず、このクラスでは、彼をいじめていた。
  とても残酷なこのクラスでは、彼に居場所を与えてはくれなかった。

 見て見ぬふりをするクズ。
 必死でいじめられないようにいじめに加担するクズ。
 愉快にいじめを楽しむクズ。

 クズであふれたこのクラスは壊れていてとても居心地がいい。

 私は、見て見ぬ振りはしない程度には知っていて、過度には加担しない。
 小説を死んだ目で傍観する読者とも、その反応を望む作者とも違う。
 言うなれば、私は作者の作品に口を出し、少しのスパイスを放り投げる程度の編集者が適切だ。

 私は、朝いつものように気持ちの良い登校を終える。

 いつも通り彼の机には、萎れた可哀そうな花が添えられている。

 これでは悪質な宗教の祭壇でしかないというのに、毎日欠かさず花はそこにある。
 この花の面白どころは、ひと時の幸せや尊敬していることを意味する花言葉を持つ紫露草だということだ。

 私は、彼が来る前に枯れ切ってしまうのではないかと花を心配して水を少し付け足してみた。
 彼が傷つくその瞬間を見るのは、この花も同じだというのにみんなはひどい扱いをしているみたいだ。

 せめて、彼の悲しみの雫その一滴でも、この花にでも分けてあげてほしいくらいだ。

 私は、花が好きだ。

 自然と溶け込んでいるというのに、しっかりとそこにいる。それでもって自己を主張していく。
 花は勝手に名付けられた名前を誇りなど持つこともなく生きている。
 きっと花たちにとっては特に気にすることではないのだ。

 彼は、今回バケツいっぱいの水を浴びた。

 とても悲劇的でもあり、感動的なその瞬間にそのクラスでは拍手喝采だった。

 私は彼の主演男優賞をとれそうなほどの絶望に満ち足りた顔に酷く惹かれるものがあった。

 彼は突き飛ばされ自身の机の上の花瓶が揺らいだ。

 パリンッ

 花瓶は教室に大きな音を響かせて割れた。
 それは、等しくこの教室の誰もが自身の動く時間というもの止められるほどの素晴らしさと表現されるべきものだった。

 本日のいじめという演目は幕を閉じた。
 教師が来たのだ。

 何事かと先生がまくしたてると、彼は誰に言われるでもない勇敢にも自身の犯した罪を自白したのだ。
 私は達観した目線で彼のことをスタンディングオーベーションしてやりたかった。

 もしや、私と同じようにこの空気というものが好きかもしれないという点に私の中での彼の好感度が少しだけ上がった。

 とてもかわいそうな彼はその行動を誰にも止められることはない。
 彼も分かっているはずだ。それが彼のこの教室での立場だということを。

 彼は、おもむろに、割れた花瓶を拾おうとする。
 先生が、怒鳴って制止する。
 生徒に傷が尽きようものなら、怒りに怒った過保護集団が押し寄せてくるはずだからだろう。

 先生は、教室の中で、掃除箱に近かったいじめ集団に向かって手伝うようにと言って割れた花瓶を拾わせた。

 彼らの中に、これが天罰だと思う善良なものたちが何人いるのだろうか。

 きっとゼロだろう。

 群れることが本望であり、その中で自己の確立を図る彼らはあまりにも滑稽である。

 私は、教室の群れに紛れるように読書を続けた。

 今朝入れたばかりの水が床に染みわたっている姿はとても残念だったが、それもまたこの空間を彩るアイテムだ。

 私は、手に取る小説の一文を繰り返し読んだ。
 彼らの姿を横目に。

 放課後、相も変わらず宴は再開した。
 まるで朝の出来事が嘘のように。




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