現実という名の魔法

惰眠

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ただの学生

1話

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 こんな世界でも誰かは生きて、誰かは死ぬ。

 それは誰だっていい。

 僕は有象無象に数えられる人間の一人。
 ただ、それだけ。

 生きた分だけ幸せになれるファンタジーなんて誰も味わったことなどないだろう。
 生きるというのはそういうものだから。

 僕は、いつも通りつまらない朝に起こされ、目を覚ます。

 飽きて着慣れた制服に袖を通し、空虚な空間に向かって一言。

「いってきます。」

 僕の声は小さい。
 自信や活力などというものは感じることはない。

 鍵を閉め、一人寂しく道を行く。

 とてもつまらない通学路。

 猫が鳴く。
 鳥が遊ぶ。

 朝ごはんも食べる気になれない毎日だ。
 いつも余裕がありすぎるくらいだ。

 下を向き。
 とぼとぼと歩く。

 まだ涼し気な風が僕を誘惑するかのように、体を突き抜ける。

 僕の横を何人もの人、自転車が通り過ぎる。

 スマホを見ると、まだ十数分たったほどだ。
 それなのに、それ以上の時間が流れたかのような虚無感に襲われる。

 僕は、主人公になれない。
 そして、村人Aでもない。
 農民J程度の存在だろう。

 どこにいても邪魔にならないが、どこにいても気にもされない。

 僕が死んでも、悲しむ人はいない。
 きっと、白い目で見られることだろう。

 革命や、テロといった無駄なあがきは、無駄なあがきでしかない。

 僕が存在することは、正しいことではないのかもしれない。
 そんなことを思案しても、時は無情にも進み続けるのだ。

 僕は、電車に揺られ、学校に向かう。

 どこにでもある私立高校。
 ある程度の勉強ができたために何とか通えている。

 だが、学校では勉強ができるからと言ってもどうということはない。
 正しく行動しても、表彰の賛美が送られるのは人気なものだ。

 僕のような影のような存在には、光が当たったところで、消え去るだけだ。
 当然の結果だろうか。

 僕は、ただ生きている。
 その程度の存在だろう。
 だから、この世界が嫌になる。

 頑張りを頑張りと認めてくれない。
 努力を努力と評価しない。
 ただの一度も、僕を見てくれはしない。

 僕は、十代だ。
 それでもこの世界のことは、学校に通うだけでもわかることだろう。
 学校は一種の縮図だ。
 多種多様な存在がいるが、団体行動を強要され、その中でも声の大きいものに首輪を引かれるように従うのだ。

 僕は、学校に着けば、静かに自分の席に着く。
 まるで、一日をループしているかのような錯覚を覚える。

 一日を終えれば、また同じようにゆりかごのような歩みで、静かに自宅に向かう。
 一人だけのあの空間は、自分にとって落ち着くところであると同時に、孤独感を圧倒的に感じさせてくれる場所である。

 僕は、何をどこで間違ったのだろうか。
 正しい選択はできるのだろうか。

 会話する相手もいないので、脳内で思考を巡らせるだけで僕は、迷宮に閉じこもるのだ。

 たまに、クラスの端のいじめかも、いじりかもわからない集団が羨ましくなる。
 彼または彼らは、集団である。
 それ故に、僕のような孤独感というのとは、かけ離れた空間にいることだろう。

 本を読めば、何か物語に入り込み、孤独感が紛れるのかと思ったことがあった。
 もちろん、一冊のみならず、数十冊読み終えてみた。
 だが、結局は読者である僕は、独りなのだ。

 物語の登場人物たちは彼らの仲間と出会い、別れ、終わりを迎える。

 だが、僕はどうだろうか。

 出会いなどない。
 別れもない。

 ただそこにいるだけだ。

 僕は、授業で寝ることはない。
 真面目に授業を受ける模範生だろうか。
 課題も真面目に期限を守り、正しい正解に導く力がある。
 成績は中程度。

 心配の無い成績に心配の必要がない授業態度。
 僕は、僕なりの努力を繰り返す。
 おかげで、教師から叱られることはない。

 一人寂しく授業を受け続ける。
 クラスには、何人ものクラスメイトという仮面をかぶった人間が集まっている。
 それでも、僕だけはその仮面を受け取れなかったのだろう。
 無視されているわけでも、存在を亡き者にされているわけじゃない。
 彼らにとって本当の空気。
 それが僕なのだろう。

 頭の中では、様々な思考を巡らせ苦労を重ねるが、それ以上の行動力はない。
 動けやしない石像に見物客は来るが、それ以上の評価は、よほどのもの好きがするのだ。

 こんな一般的な学校にそのようなもの好きがいるはずもない。
 当たり前な話だ。

 僕は、一日岩のように静かに授業を受け、速やかに帰宅をする。

 まるで何者かに操られるように、行動に工夫はない。

 帰り道も変わり映えしない。
 来た道をそのまま帰るだけ。
 ただそれだけだ。

 一日通して言えることは一言。
 『つまらない。』

 退屈なのだ。
 毎日を必死に生きているはずなのに、広い目で見渡せば、僕以上の人など、五万といる。
 僕よりも酷い者も同じくだ。

 自宅のカギを開け。
 静かにベットに横になれば、いつものように一人、部屋に響き渡るほどの声で笑うのだ。
 目からは、涙を流しながら。

 何が辛いのかも、何がしたかったかもよくわからない。
 他人となにも違わないはずなのに、僕だけが一人だ。

 この胸の空きをどうやって埋めればいいのかもわからない。
 入学したてのあの頃に戻れたところで、今の僕には成す術がない。

 僕は、他人に縋り助けを求めたいが、その他人がいないのだ。
 笑えてしまう。

 とてもバカらしい。

 だから、僕はひとしきり狂えば、冷静に本棚の本を読む。
 目をただ文字の流れに沿って動かすだけの単純作業。

 こうして毎日を過ごすのだ。
 もうすでに、僕はおかしくなっているのだとわかっている。
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