君を知るということ

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「二日間よく頑張ったな。」

教室の装飾を全て撤収し、ゴミを用途ごとに纏める。
2Lサイズのビニール袋には使い捨ての紙皿がこれでもかと詰められ、売り上げの高さを物語っていた。
そこから材料費を差し引いた金額は、生徒会が集めて寄付に回すらしい。
担任の声がけで今日は解散だ。

「疲れた~。」

「打ち上げは明日にしよっか。予約も入れとかないとね。」

湊が店の希望を聞く。
幸い明日は振替休日で授業はない。
打ち上げに参加するなんて去年だったら考えられなかったし、クラスメイトと関わるようになったことに、俺自身も少し感慨深かった。
散会した教室を出て、メッセージを確認する。

「近くの公園で待ってる。慌てず、ゆっくり来いよ。」

営業時間終了と同時に龍一は出ていってしまった。
初めて垣間見た彼の怒りが、まだこびりついている。

「帰らないのか?」

不意に姿を現した翔也に慄く。
後方から近づく足音が怖いのか、俺の背中に隠れる。
といっても、背丈は変わらないのだから、身体の一部がはみ出す。

「二人とも、少しいい?」

(…原因はこれか)

例えるなら暗黒微笑。
温厚な仕草とは裏腹に、有無を言わせずとした圧迫感が襲う。


「凪は何で黙ってたの。昨日のうちに言ってくれれば見回りを強化するとか、こっちも対策できたのに。」

「…すみません。」

今回に関しては非があるのはこちらなので、大人しく謝る。

「神崎さんも珍しく焦ってた。ちゃんと説明しなよ。」

「わかったなら、早く行ってあげな」と見送られる。
その傍らでは、翔也が捕まっていた。

「翔也は一人で先に飛び出す癖を直して。」

「…あれは、凪が心配で」

「なら急に飛び出して、恋人にまで何かあったんじゃないかって、不安になった僕の気持ちもわかるよね?」

(…一番怒らせたらいけないタイプだな)

内心同情しつつも、先を急ぐ。
学校を出て日暮れの空に歩を進め、到着したのは数羽の鳩が溜まった時計台の下。
彼の待つ場所にそっと踏み入れる。

「お疲れ。予定、大丈夫か?」

「打ち上げは明日にするって。」

そう聞くと龍一は、俺の手を引っ張る。
いつもなら「繋いでもいいか?」とか、前置きがあるのに。

「…やっぱり、怒ってる?」

「自分にな。」

おざなりに尋ねてみると、思いもよらない答えが返ってきた。
あの場を阻止できず、対応が遅れた自分への恨み。
彼が責任を感じる必要なんて、全くないのだ。
ふと有料のパーキングエリアで、足が止まった。

「車?」

「会計済ませてくるから。」

精算機でさっと駐車料金を支払い、鍵のスイッチを押す。
案内されるがままに、黒づくめのオープンカーに跨り、助手席の柔らかいシートに身を預ける。

「…俺のこと、嫌いになったか?」

「どうして?」

「乱暴だったし、嫌なこと思い出させたのかと。」

両親にされたことがフラッシュバックしたとしても、もう昔の話。
彼らとは違う人生を生きると決めた。
今さら、重ねたりしない。

「…驚きはしたけど。…その、ちょっとだけ…かっこよかったなって。」

言い終わるな否や龍一の顔との距離が詰められる。
耳元に響く低音。
俺がそれに弱いのを知ってるのか。

「じゃあ凪はこんな風に、荒っぽい方が好きなんだな?」

「別に、そういうことじゃ!」

「さっきの訂正するわ。凪の無自覚なとこには怒ってる。」

首元に埋めた吐息。
先輩に触られたときには嫌悪感しかなかったのに、龍一が撫でる場所が熱を帯びる。
軽いリップ音を立てて、満足気な彼の意図。
「お前は俺のものだ」とはっきり告げるように、甘く蕩ける。

「メイドやるってことも教えてくれなかったし。」

「…あれは無理矢理着せられただけで」

「せっかく似合ってたのに。接客してもらえばよかったな。」と一枚上手、すっかり普段の調子に戻った。
人並みに嫉妬もする。
早くなった心臓の鼓動とは対極に、口からは否定だけが出る。

「飯連れてってくれんだろ?遅くなるなら、寮にも連絡しないとだし。」

「俺の姫様は相変わらずだな。まあ、ツンツンしても可愛いだけだぞ。」

結局、彼には敵わない。

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