君を知るということ

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悪夢

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遡ること数時間前

「一人で大丈夫だから。」

「…いや、でも」

「湊と約束してんだろ?行ってこいよ。」

翔也とシフトを交代しようとすると、「俺も残る」と言い出した。
どうやら昨日、三年の先輩に誘われたのを危惧しているらしい。
向こうも俺が男なのはわかっているはずだし、ただの冗談だろう。
それに、二人で回るとデート気分で待ち構えている湊の期待を無垢にするのも憚られる。

「わかった。何かあったらすぐに呼べよ。」

半ば押し切る形で説得し、着替えを受け取った。
偶然にもシフト被った宮村と、更衣室に入る。

「先に教室戻るな。」

「りょーかい。」

昼時の客を少しでも捌くため、早く戻ろうとドアを開けたその瞬間だった。
背後から忍ぶ手が俺の肩を掴む。
数人組の生徒には、確かな見覚えがあった。

「また会えたな。」

「…あ、昨日の」

「憶えてくれてたんだ。」

笑顔の裏にちらつく妙な違和感。
ここは穏便に済ませたい。

「遊びに行かない?」

「…俺、仕事あるので。」

「釣れないこというなよ。勇利の後輩って聞いて気になってたんだ。」

(…勇利先輩の知り合い)

同じ学年なら、あり得る話。
「やっぱり、可愛い顔してるな。」と近づく顔に、反射的に逃げる。
しかし、振り払おうとした腕は力が入るばかり。
連れていかれたのは、人気のない廊下。
遊びに行くという誘いは嘘だと判明した。

「何するんですか。」

「まだわかんない?お前ら、逃がすなよ。」

それまで柔和だった口調が一変し、本性が姿を現す。
俺の間を挟んだ二人の先輩が、身体を押し倒した。

「…やめてください!」

メイド服の下に滑り込む嫌な感触。
自分がされようとしていることが否応なしに浮かんでしまう。
少しの間だからと携帯を置いていったことを後悔した。
助けを呼ぼうと声を張る。
首謀者は怪訝に眉をひそめ、スマホの録画ボタンを起動した。

「大声出したら、この動画ネットにばら撒くよ。いいの?君みたいな優等生が、裏じゃこんなことしてるなんて皆に知られたら、どうなっちゃうかな。」

(…嫌だ)

せめてもの抵抗は意味を成せずに、与しだかれる。
固く結んだ目に映った声は、ここにいるはずのない、彼のものに聞こえた。

「それ以上汚ねえ手で凪に触るな。」

瞼のぼやけた視界が徐々に明るくなる。
声の正体は俺が望んだ人物と一致していた。

(…なんで龍一が)

「ただの遊びですよ。ちょっとからかっただけで。」

「…今さら誤魔化すんじゃない。この動画が証拠になる。」

先輩が落としたスマホを拾い上げ、龍一は「嫌がる後輩を無理矢理こんな場所に連れ込んで、お前らのやったことは犯罪と同然なんだよ。」と掲げた。

「犯罪って、大袈裟じゃ」

「その戯れで一生の傷がつくんだよ!」

胸ぐらを摘まみ上げ、俺が見たこともないぐらいの気迫が打ち付ける。
一生の傷、きっと彼にとって律さんを失った悲しみがそうさせたのだろう。

「龍一、もういいから。」

「…凪」

騒ぎを起こせば、龍一に迷惑がかかる。
納得がいかないと思案する表情に、「十分だよ」と言えば、いつも通りの彼が帰ってきた。

「今回の悪事は、然るべきところに報告させてもらう。正直俺としては退学処分にしてやりたいがな。更生させてもらえるだけ、ありがたく思え。」

そそくさと集団が消え、辺りが静かになった。

「怪我はしてないな。」

「…うん。」

「クラスの子たち待ってるから、教室戻るぞ。」

道中で経緯を説明してもらうと、元々俺に内緒で学校に来ていた龍一が教室を訪れた際、当の本人が行方不明であるのを知り、捜索に駆けつけたらしい。
やっと戻ってこられた頃には、既に客がまばらだった。

「凪!」

店に着いた矢先に翔也が突進。
「ほんと、心配したんだからな。」と零れた呟きは、似つかわしくない不安に苛まれていた。

「…皆にも迷惑かけて、ごめんなさい。」

自分の不注意で招いてしまった。
シフトだって、色々工面して繋いでくれのだ。

「違うだろ。」

「…え?」

「こういう時は謝罪よりも何が聞きたいか、凪ならわかるよな?」

続きを促すように、目線が合う。

「…その、……ありがと。」

たどたどしい礼にクラスメイトは満足そうに笑った。

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