君を知るということ

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夏の終わり

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「凪~。いつまでそこにいるつもりか?」

「…絶対にやだ。」

夏休みの後半を返上する形で行われた文化祭の準備。
直前にしかできない飲食物を除き、看板や教室の装飾で使う物は大方仕上がってきた。
俺は当日厨房を担当するはずだったのにもかかわらず、何故か衣装係の女子に呼ばれて現在に至る。

(…なんで俺が)

黒のワンピースにフリルがあしらわれた白いエプロン。
首元に掛かったリボンとカチューシャは、まさに『メイド』と呼ぶべき格好だった。

「さっさとこっち来いよ。」

翔也に半ば強引に、更衣室から教室に連れ戻される。
執事を模したタキシードを身にまとい、先に待っていた女子はいつになく楽しそうだ。
俺とは対称的に笑みを浮かべる湊に詰め寄る。
シフトの割り振りは彼の範疇のはずだった。

「裏方に回すって言ってただろ。」

「…そうなんだけど、実行委員としてクラスの意見を反映させない訳にはいかなかったというか。」

明らかに白を切る態度に周りを見渡して、他の男子に事情を聞く。
どうやら男性用の物では予算オーバーらしく、女子のLLサイズを買ってきたらしい。
そうなれば着れるのは体格が小さい生徒に限られると湊は言うが、それだけでは説明がつかない。
俺より背が高くても、手芸部の女子が裾を調整してサイズを合わせているからだ。

「…本当は?」

「翔也が、…凪がやるなら着てくれるって。」

(…そういうことかよ)

「翔也可愛い」と小声で呟く湊の表情は、傍から見れば不審者にすら思える。
案外優等生そうな奴に限って、実は変態なのかもしれない。
あいつのことが好きだった子がこれを知ったら、間違いなく幻滅されるだろう。

「東も意外と似合うよな。」

「てか千歳レベル高すぎじゃね?」

「素材が良いと女装も様になるよね。私の見立ては間違いなかったわ。」

口々に感想を讃えるクラスメイトの反応に辟易する。
こんな格好をそれこそ先輩や龍一に見られたら、黒歴史のページがまた一つ増えるのは確実だ。

「凪、もしかして照れてる?さっきから顔赤いぞ。」

「…恥ずかしいんだよ。第一、俺は着る予定なかったのに。」

「可愛いから大丈夫だって。神崎さんに見せたいぐらい。」

考えてるそばから名前を出され、翔也の口を慌てて塞いだ。

「おー、大分進んでるな。」

騒がしい教室の声をものともせず、通る声の主は担任の広尾先生だった。
「差し入れ持ってきたぞ。」と運び込んだクーラーボックス。
勢いよく蓋を開けると、カラフルな包装にクラス中が目を輝かせる。
特に看板の制作などの力作業をしていた生徒にとっては、この差し入れは嬉しい限りだ。

「千歳も遠慮せず食えよ。」

先生の手からソーダ味のアイスキャンディーが押し付けられる。
「冷たいですよ」と苦言を要しても、返ってくるのは屈託のない笑顔だけ。

「楽しんでるか?」

「…正直疲れました。」

「こういうのも思い出だ。似合ってんじゃん、メイド服。」

「先生までからかわないでください!」

やけくそで齧ったアイスキャンディーから漂う爽やかな甘さ。
すっと溶けた氷の粒は、もうすぐ迫る夏の終わりを示唆するようだった。









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