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功名
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「掴まっとけ 。」
急に人の波が激しくなり、流れに逆らおうとすると周囲を見失いそうだ。
凪は身長が俺よりやや低い分、埋もれやすい。
押し潰されないよう、引き寄せてから列に沿って歩く。
(…にしても凄い数だ)
この混雑の原因は、おそらくステージで開催されるイベント。
ただのキャラクターショーだけならここまでの長蛇の列になる事もない。
調べてみると特別ゲストとして、世間に疎い俺でも知っているような人気タレントが来ているらしい。
先着順の座席欲しさに我先と走り出す客までいる。
「大丈夫か?」
人混みをかきわけようとする肘が当たり、バランスを崩した凪を受け止める。
ぶつかってきた客は怪訝な視線で俺を一瞥すると、逃げるように前へ進む。
(謝りもしねえのかよ)
「…ごめん、人混み得意じゃなくて。」
やっとピークを越え、まばらになった通路に出られた。
俺の腕にしがみついていた凪がおずおずと顔を上げる。
普段なら滅多にない行動に、さっきまでの苛立ちが自然と和らぐ。
「今更何恥ずかしがってんだ?」
それ以上の事だってとっくにしているのに。
初心な反応が可愛らしくて仕方がない。
「…だって人がいる場所で。」
「いない場所なら、してくれるんだな。」
「期待してる」と添えて返すと、「…馬鹿」と呟かれる。
服屋でのはしゃぎはどこへ行ったのか。
怪我の功名とやらも、案外存在するようだ。
「次はどうする?」
ランチにするにしても、現在は12時半。
フードコートにしろ、店に入るにしろ待ち時間をくらうはず。
だったら他の場所を回ってからの方が効率がいい。
「じゃあ、本屋行きたい。」
横長のフロアが広がった棚の数々。
入口付近には、子供向けのドリルやら芥川賞を獲った有名作家の小説が並べられている。
「こんなんでいいのか?」
凪が手に持っているのはいわゆる参考書。
大抵の高校生なら、自分から進んで購入する物でもないだろう。
「先生に勧めてもらった大学があって。」
見せられたキャンパスの画像は俺の母校。
教育や福祉に力を入れており、特に医学部が名門として注目を集めている。
俺の出身は心理学部だが、当時の同級生と職場で再会する事例もよくあった。
「凪なら合格どころか、特待生も狙えるんじゃないか?」
「…そんなに甘くないだろ。」
謙遜しているのか、目線をそらす。
好きな子には尽くしたいという気持ち。
凪を見ていると甘やかしたくなってくる。
当の本人の遠慮癖が治るかは怪しいが。
「ほら、荷物貸せよ。」
参考書も追加されると、荷物は随分多い。
重い方の紙袋を取り上げ、代わりに軽い鞄を預ける。
こうすれば、納得してくれるだろう。
「…ほんと、そういうとこだよ。」
「何がだ?」
「…行動までイケメンってのがずるい。」
(…つまり、俺のこと)
男としてそういう意識を持たれている。
その相手が恋人である。
嬉しくない訳がない。
「…不意打ちやめろって。」
「龍一、ちょっと待てって!」
「俺だって我慢してんだよ。」
ニヤけそうになる口角を無理矢理押さえつけ、凪の手を引っ張った。
この理性はどこまで保ってくれるのか、自分自身に問いかけてみよう。
急に人の波が激しくなり、流れに逆らおうとすると周囲を見失いそうだ。
凪は身長が俺よりやや低い分、埋もれやすい。
押し潰されないよう、引き寄せてから列に沿って歩く。
(…にしても凄い数だ)
この混雑の原因は、おそらくステージで開催されるイベント。
ただのキャラクターショーだけならここまでの長蛇の列になる事もない。
調べてみると特別ゲストとして、世間に疎い俺でも知っているような人気タレントが来ているらしい。
先着順の座席欲しさに我先と走り出す客までいる。
「大丈夫か?」
人混みをかきわけようとする肘が当たり、バランスを崩した凪を受け止める。
ぶつかってきた客は怪訝な視線で俺を一瞥すると、逃げるように前へ進む。
(謝りもしねえのかよ)
「…ごめん、人混み得意じゃなくて。」
やっとピークを越え、まばらになった通路に出られた。
俺の腕にしがみついていた凪がおずおずと顔を上げる。
普段なら滅多にない行動に、さっきまでの苛立ちが自然と和らぐ。
「今更何恥ずかしがってんだ?」
それ以上の事だってとっくにしているのに。
初心な反応が可愛らしくて仕方がない。
「…だって人がいる場所で。」
「いない場所なら、してくれるんだな。」
「期待してる」と添えて返すと、「…馬鹿」と呟かれる。
服屋でのはしゃぎはどこへ行ったのか。
怪我の功名とやらも、案外存在するようだ。
「次はどうする?」
ランチにするにしても、現在は12時半。
フードコートにしろ、店に入るにしろ待ち時間をくらうはず。
だったら他の場所を回ってからの方が効率がいい。
「じゃあ、本屋行きたい。」
横長のフロアが広がった棚の数々。
入口付近には、子供向けのドリルやら芥川賞を獲った有名作家の小説が並べられている。
「こんなんでいいのか?」
凪が手に持っているのはいわゆる参考書。
大抵の高校生なら、自分から進んで購入する物でもないだろう。
「先生に勧めてもらった大学があって。」
見せられたキャンパスの画像は俺の母校。
教育や福祉に力を入れており、特に医学部が名門として注目を集めている。
俺の出身は心理学部だが、当時の同級生と職場で再会する事例もよくあった。
「凪なら合格どころか、特待生も狙えるんじゃないか?」
「…そんなに甘くないだろ。」
謙遜しているのか、目線をそらす。
好きな子には尽くしたいという気持ち。
凪を見ていると甘やかしたくなってくる。
当の本人の遠慮癖が治るかは怪しいが。
「ほら、荷物貸せよ。」
参考書も追加されると、荷物は随分多い。
重い方の紙袋を取り上げ、代わりに軽い鞄を預ける。
こうすれば、納得してくれるだろう。
「…ほんと、そういうとこだよ。」
「何がだ?」
「…行動までイケメンってのがずるい。」
(…つまり、俺のこと)
男としてそういう意識を持たれている。
その相手が恋人である。
嬉しくない訳がない。
「…不意打ちやめろって。」
「龍一、ちょっと待てって!」
「俺だって我慢してんだよ。」
ニヤけそうになる口角を無理矢理押さえつけ、凪の手を引っ張った。
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