君を知るということ

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原点

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試着室から出る度に集まる視線。
元の顔とスタイルが良いせいか、ただ突っ立っているだけでもメンズファッション誌の表紙を飾るモデルのように映っている。
着せ替え人形にされた意趣返しのつもりのはずだったが、当の本人にその自覚は全くない。

(…いい加減、自分の顔のレベルを自覚しろよ)


「せっかく選んでくれたし、買ってくか。」

気に入ったセットを籠に入れレジに向かう途中、龍一が突然足を止めた。
ハンガーにぶら下がった衣服は猫耳が付いたパーカー。
俺の脳内をよぎるとある黒歴史。
なんとなくだが、察してしまう。

「…しばらく猫耳は見たくない。」

「俺まだ何も言ってねえけど。」

実は以前、寮で『王様ゲーム』となるものに誘われた際の命令で、先輩の一人が持ってきた猫耳カチューシャを被らされた挙句、ちょっとした鳴き真似までやらされるという醜態を晒した事があった。

「…その時の動画とか」

「誰が残すか。」

先輩の誰かが撮っていた可能性は捨てきれないが。
あの日の事をもしクラスメイトにでも知られたら、からかわれるだけでは済まないだろう。
少し残念そうにしている龍一をやや強引にパーカーのコーナーから立ち退かせる。
紙袋の中の服はほとんどが俺のだし、余計な出費は避けたい。

「…俺の知らないところで、変な気を起こした奴に触られたりしてないだろうな?」

やけに真剣な眼差しで問う。
男にそんな気を起こすような人などいるか。
どちらかというと、龍一の方が女性に言い寄られているだろうに。
むしろ嫉妬してるのは俺の方だ。

「帰り道とか大丈夫か?」

「そんなに心配しなくても、一人で帰ってる訳じゃないし。」

部活がある火曜と金曜はバス停まで翔也が付いてくるし、それ以外の日は同じバスを使っているクラスメイトと帰る事が多い。


服屋が密集したフロアを抜けて、下の階。
流行りの韓国アイドルグループの楽曲が流れている店内には、CDが所狭しと並べられている。
サブスクリプションやネット配信が主流となった今ではあまり使わないが、龍一が学生の頃にはCD専用のラジカセで音楽を聴くのが普通だったという。

「懐かしいな。昔好きだったんだよ。」

手に取った薄めのケース、中古品のコーナーをあさりながら龍一が呟く。
その様子に、ふと初めて会った日を思い出す。
自暴自棄になってふさぎ込んでいた俺に貸してくれた音楽プレーヤー。
病院のベットの上で一緒に聞いた曲、ストレージを目で追っていると偶然にもそれはあっさりと見つかった。
まさか龍一とこんな形で関係が続くなんて、当時の俺は想像出来ないだろう。

「それ、最初に聞かせた曲だったよな。」

「…覚えてたのか?」

「忘れる訳ないだろ。」

スマホのフォルダにダウンロードされたリスト。
一番上のジャズミュージックから、また新たに増える曲。

(…自惚れるってこういう事か)

さっきの嫉妬が無駄だと感じる。
頬が熱くなったのは、夏の気温のせいだけではなかった。










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