君を知るということ

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「…もし手作り苦手だったら、遠慮せずに断ってほしいんだけど。」

「二人とも特に好き嫌いはねえから大丈夫だ。わざわざありがとな。俺もすげー嬉しい。」

スマホ越しに尋ねると、間髪入れずにくぐもった声が返ってきた。
潔癖症の人だと「作る過程が見えないのが怖い」などという理由で不快に感じてしまうケースもあるらしい。
ほっとしたように電話を切ると、頬に熱が上る。

(…よかった)

ご両親の為だとはいえども、本人に喜んでもらえるのが一番だ。
期待に素直に応えられないのがもどかしくて、我ながら女々しいと思う。
九歳離れた年齢差、せめて少しでも釣り合えるようになりたかった。


「待ってたぞ、入ってくれ。」

寮からバスで三十分、学校からは徒歩十五分で着くマンション。
インターホンを鳴らすとドアが開き、リビングへと通される。
大雑把な性格の翔也だが、意外にも家の中は掃除が行き届いていた。
夜まで出かけているという家族の誰かが綺麗好きなのかもしれない。

「…焦げ臭くね?」

「やっば!」

鼻をくすぐる何かが燃えるような香ばしい匂い。
翔也が慌てて駆け寄ったものの、既に手遅れ。
俺の予想は的中し、オーブンから出てきたクッキーは端が黒ずんでしまっていた。
試しに一つ口に運んでみると、硬すぎる食感と粉っぽさが混ざる。
床に転がった箱を拾うと「初心者用キット」と書いてあった。
レシピに従って作ったなら、改善出来るだろう。

「…俺にも出来るって思ったんだけどな。」

「こんなの、湊に渡せねえよ。」と珍しく落ち込む様子を見ると、いたたまれない気持ちになってきた。
上手くいかずに悩む事は、俺も経験してきたから少しは分かる。

(俺も、翔也には甘いのかもな。)

長い入院から復帰して、今のクラスに馴染めたのはこいつのおかげだったりもする。
材料に不足が無いかを確認し、汚れたキッチンの天板を拭く。
キットに付いていた専用の粉は使い切ってしまったとの事で、スマホで検索をかけ、代わりの砂糖と薄力粉を量り取った。

「とりあえず、さっきと同じやり方で作ってみろ。俺も手伝うから。」

常温でほぐしたバターを混ぜてから、卵や牛乳を追加し、ふるった粉と一緒に生地を作る。
冷蔵庫で休ませて、成形するところまでは同じだ。

「予熱が終わったら温度を下げるといいらしい。」

「…分かった。」

焦げの原因は、おそらくオーブン庫内が熱すぎたこと。
順調に膨らむのを祈りつつ、シンクに溜まった食器を洗う。
纏わりついた生地を水と洗剤で流し、元通りになった頃に焼き上がりを知らせるオーブンの音が高らかに響いた。

(悪くないな)

若干形は不恰好に見えるが、味に支障はない。
翔也も納得した様子でクッキーを頬張っている。

「これめっちゃ美味いな!」

「…全部食うなよ。」

並行して作った俺の試作品はチョコチップやスライスされたアーモンドを入れたものだ。
初めてにしては上出来と言ってもいいだろう。
ココアを混ぜたりして、他の味も試してみたい。
そんな風に考えていると、ラッピングシートを用意し始めていた翔也が口を開いた。

「凪って、主夫というよりは嫁だよな。新婦側のスピーチは俺が読んでいい?」

突拍子もない発言に動揺が浮き出る。
すっと隠せていると思っていたのに、翔也を見くびっていた。

(…まさか、こいつにまで)

「…新婦って誰の式だよ。」

「神崎さんと凪のに決まってんじゃん。日本じゃ出来ないっけ?」

恐る恐る聞くと、想像通りの返答に「何で知ってるんだよ!」と大声を放ってしまった。
湊がからかうのはまだ冗談だと受け取れるが、こいつは本気なのが困る。

「流石に俺でも気づくって。湊に聞いたら「そういうのはちゃんと本人に聞きな。」って言うからさ。俺は、大事な親友が幸せなってくれて嬉しいぜ。凪は今まで大変だっただろ?」

純真は時として残酷。
確かに湊は「誰にも言うな」という約束は守っている。
これは完全に俺の落ち度だ。

「お互い、頑張ろうな。」

差し出された両手に首を傾げると「ハイタッチ」とやらの合図だった。
ぶつかった手のひらが痛むのは一瞬、いつのまに親友と認定していたんだか。

「なんならシミュレーションしとくか?」

「余計なお世話だ。」

(上手くやれよ)

何だかんだで世話を焼いてしまう俺も大概であった。






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