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魅惑
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湯あたりした体を冷ますように扇風機で仰ぐ。
シャワーだけで済ませてしまう事が多かったから、つい長居してしまった。
余分な力が抜けていく心地、日本人が温泉好きなのも確かに頷ける。
「悪い。ドライヤー混んでて遅くなった。」
備え付けてあったタオルを首から下げ、浴衣に着替えた凪が戻って来る。
風呂上がりのせいか、少し紅潮した頬と乾かしたてのサラリとした毛先。
ゆったりとした浴衣姿も相まって、普段より艶を帯びた雰囲気を漂わせている。
(…未成年相手に何考えてんだ)
男としてそういう感情はあるのは正直否定出来ないが、流石に自重すべきだ。
「似合うな、浴衣。」
「…龍一程じゃねえよ。」
代わりに褒めてやると、謙遜されるが、照れ隠しなのは誰の目から見ても明らかだった。
部屋に戻ったら存分に構ってやろう。
意地悪く考えながら帰路を辿った。
* * * *
ルームサービスの懐石料理を頂き、腹をさする。
一つ気になったのは、刺身の盛り合わせ。
「群馬って海ないよな?」という凪の疑問、結局あれはどこの海で採れた魚だったのだろうか。
「龍一」
凪の手招きに従って窓の外に出る。
ウッドデッキが敷かれたテラス席、広がるのは東京とは比較にならない数の星空。
うっすらと天の川も肉眼で観察が出来た。
「来てよかったな。」
非日常的な空間で二人で過ごす。
穏やかな時の流れに身を任せ、忙しささえ忘れてしまいそうになる。
標高が高く、澄んだ自然と空気がもたらしてくれる安らぎは、失われて欲しくない。
五月とはいえ、草津の最低気温は10℃を下回る。
薄手の浴衣では風邪をひきかねないだろう。
「これ着とけ。」
「龍一が寒いだろ。」
「俺はこっちでいい。」
遠慮する凪に少々強引にカーディガンを羽織らせ、距離を詰める。
急に触れた割には抵抗が無い。
摺り合わせた体温と鼓動、凪が反射で目を閉じた隙に唇を奪う。
「…誰かに見られてたら、どうすんだよ。」
「俺には期待してたように見えたけど。」
「…別にしてねえよ。」
上目遣いでこちらを睨む様子は、図星の反応。
恥ずかしがって、無意識のうちに身構えていたのかもしれない。
「お茶淹れてくるから。」
中に入ると凪はそそくさと湯呑みを取りに行ってしまう。
客室には、様々な種類のティーパックと冷蔵庫のソフトドリンクが用意されていた。
電気ケトルで沸かした熱湯を急須に移してから注ぐと、ほのかな香りが立つ。
疲れた胃に煎茶の風味が染み渡る。
(…そういえば布団)
大浴場に行っていた間に仲居さんが敷いておいてくれたらしい。
アラーム用のスマホだけ持って、寝室の扉を開ける。
「龍一、何かあった?」
困惑する俺に首を傾げる凪。
やけに近い布団同士に、その理由はあった。
夕食後、片づけに来た女将さんに「ごゆっくり」と、どこか含みのある笑顔で言われた事を思い出す。
今更離すのも気が引けるなどと悶々としていると、先に寝場所を決めた凪が横になった。
「…気持ちい。」
マットレスを重ねてふかふかに仕上がった羽毛布団は、成人の身体を難なく受け止める。
寝返りを打っても快適な睡眠が出来そうだ。
「…これが家にあったら起きれる気がしねえ。」
「確かに。」
他愛もない話で笑いが込み上げる。
誰かと布団を並べるのはいつ以来だろうか。
「前から思ってたけど、撫でるの好きなの?」
入院していた頃からの癖というか、気づけば触れていたようだ。
「なんか触りたくなるんだよ。綺麗な髪してるし。」
「…子供扱いすんなって。さっきは急にしてきたくせに。」
別に子供扱いをしたつもりはなかったのだが、反応が可愛いからとでも言えば機嫌を損ねてしまいそうなので止めておく。
「もしかして、通りすがりの人に兄弟に間違われたの気にしてんのか?」
「…悪いかよ。」
一生懸命に背伸びして追い付こうとする姿は愛おしい。
成長した凪を見てみたいと同時に、身長は抜かされたくないというプライドが抗争する。
すっぽりと腕の中に収め、「あんま煽りすぎるなよ。」と釘を刺す。
「明日も早いし、寝るか。」
ウトウトし始めた凪に「おやすみ」と声をかけると、顔を埋めてもたれかかってくる。
しっかりかけ布団で包んでやり、俺も眠りにつこうと目を閉じた。
シャワーだけで済ませてしまう事が多かったから、つい長居してしまった。
余分な力が抜けていく心地、日本人が温泉好きなのも確かに頷ける。
「悪い。ドライヤー混んでて遅くなった。」
備え付けてあったタオルを首から下げ、浴衣に着替えた凪が戻って来る。
風呂上がりのせいか、少し紅潮した頬と乾かしたてのサラリとした毛先。
ゆったりとした浴衣姿も相まって、普段より艶を帯びた雰囲気を漂わせている。
(…未成年相手に何考えてんだ)
男としてそういう感情はあるのは正直否定出来ないが、流石に自重すべきだ。
「似合うな、浴衣。」
「…龍一程じゃねえよ。」
代わりに褒めてやると、謙遜されるが、照れ隠しなのは誰の目から見ても明らかだった。
部屋に戻ったら存分に構ってやろう。
意地悪く考えながら帰路を辿った。
* * * *
ルームサービスの懐石料理を頂き、腹をさする。
一つ気になったのは、刺身の盛り合わせ。
「群馬って海ないよな?」という凪の疑問、結局あれはどこの海で採れた魚だったのだろうか。
「龍一」
凪の手招きに従って窓の外に出る。
ウッドデッキが敷かれたテラス席、広がるのは東京とは比較にならない数の星空。
うっすらと天の川も肉眼で観察が出来た。
「来てよかったな。」
非日常的な空間で二人で過ごす。
穏やかな時の流れに身を任せ、忙しささえ忘れてしまいそうになる。
標高が高く、澄んだ自然と空気がもたらしてくれる安らぎは、失われて欲しくない。
五月とはいえ、草津の最低気温は10℃を下回る。
薄手の浴衣では風邪をひきかねないだろう。
「これ着とけ。」
「龍一が寒いだろ。」
「俺はこっちでいい。」
遠慮する凪に少々強引にカーディガンを羽織らせ、距離を詰める。
急に触れた割には抵抗が無い。
摺り合わせた体温と鼓動、凪が反射で目を閉じた隙に唇を奪う。
「…誰かに見られてたら、どうすんだよ。」
「俺には期待してたように見えたけど。」
「…別にしてねえよ。」
上目遣いでこちらを睨む様子は、図星の反応。
恥ずかしがって、無意識のうちに身構えていたのかもしれない。
「お茶淹れてくるから。」
中に入ると凪はそそくさと湯呑みを取りに行ってしまう。
客室には、様々な種類のティーパックと冷蔵庫のソフトドリンクが用意されていた。
電気ケトルで沸かした熱湯を急須に移してから注ぐと、ほのかな香りが立つ。
疲れた胃に煎茶の風味が染み渡る。
(…そういえば布団)
大浴場に行っていた間に仲居さんが敷いておいてくれたらしい。
アラーム用のスマホだけ持って、寝室の扉を開ける。
「龍一、何かあった?」
困惑する俺に首を傾げる凪。
やけに近い布団同士に、その理由はあった。
夕食後、片づけに来た女将さんに「ごゆっくり」と、どこか含みのある笑顔で言われた事を思い出す。
今更離すのも気が引けるなどと悶々としていると、先に寝場所を決めた凪が横になった。
「…気持ちい。」
マットレスを重ねてふかふかに仕上がった羽毛布団は、成人の身体を難なく受け止める。
寝返りを打っても快適な睡眠が出来そうだ。
「…これが家にあったら起きれる気がしねえ。」
「確かに。」
他愛もない話で笑いが込み上げる。
誰かと布団を並べるのはいつ以来だろうか。
「前から思ってたけど、撫でるの好きなの?」
入院していた頃からの癖というか、気づけば触れていたようだ。
「なんか触りたくなるんだよ。綺麗な髪してるし。」
「…子供扱いすんなって。さっきは急にしてきたくせに。」
別に子供扱いをしたつもりはなかったのだが、反応が可愛いからとでも言えば機嫌を損ねてしまいそうなので止めておく。
「もしかして、通りすがりの人に兄弟に間違われたの気にしてんのか?」
「…悪いかよ。」
一生懸命に背伸びして追い付こうとする姿は愛おしい。
成長した凪を見てみたいと同時に、身長は抜かされたくないというプライドが抗争する。
すっぽりと腕の中に収め、「あんま煽りすぎるなよ。」と釘を刺す。
「明日も早いし、寝るか。」
ウトウトし始めた凪に「おやすみ」と声をかけると、顔を埋めてもたれかかってくる。
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