君を知るということ

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硝子と癒し

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西の河原通り沿いを進むと、アンティーク調の蔵が現れる。
昔、財産や食料の保存用の倉庫として使われていた建物を改装しているらしい。
正面入り口の上部、窓の前には工芸品がずらりと並んでいる。

「ご予約していた方ですね。こちらへどうぞ。」

従業員に別館に案内され、向かった先は炉が置かれた作業場。
龍一が事前に予約してくれていたので、特に待ち時間もなく工房へ入れた。

俺達が今から作るのは「とんぼ玉」という柄があしらわれた小さなガラス玉。
丸い模様が蜻蛉の複眼に見えることからその名が付いたという。
作り方は、まずベースとなるガラス棒をバーナーで溶かしながら芯に巻く。
次に、棒を回転させ球体になるように整え、別の細いガラスで色や模様を加える。
バーナーから離してしまうと固くなってしまうし、かといって近づけ過ぎると溶けたガラスで形が崩れてしまう。

「…ムズイな。」

垂れたガラスに溜息を落とす龍一は、温度調整に悪戦苦闘中のようだ。

(そういえば、不器用って前に葵が言ってたな。)

「手震えてる。」

「…慎重になると逆に失敗すんだよ。」

院内学級での記憶を思い出す。
線を引くようにマーブル模様を入れ、最後に金箔で飾れば俺の方は完成だ。
多少不格好でも、シンプルな球体に自分の手で色彩を加えるのは満足感があった。
除冷材で冷やしている間に店内を物色しようと本館へ戻る。

「全部手作りなんですよ。」

繊細なグラスやアクセサリーをはじめとした雑貨の数々。
後継者の不足に、安価な輸入品の台頭。
伝統産業は衰退の一途を辿っている。
従業員は花瓶を抱え、「師匠が後何年教えられるか、分かりませんからね。」と寂しそうに語った。

「お二人に楽しんでもらえて嬉しいです。学生さんに興味をもってもらえるなんて、師匠も喜びますよ。」

「こちらこそありがとうございました。」

完成したとんぼ玉を受け取り、工房を後にする。
白を基調とした俺の物と黒中心の龍一の物、デザインは大きく違うが、揃うとなぜだか対になっているように見えるのは統一のキーチェーンのせいだろうか。

「日も暮れてきたな。せっかくだし、夕日バックで一枚撮るか。」

太陽が山に身を隠していく様子と共に、人気の無い場所で撮影した。
景色ばかり撮って、自分の写真はまだ撮っていなかった。
ガラスの透明さが眩しい光に反射して、キラキラと金具の下で揺れている。
観光はまた明日にして、今日は旅館で休むとしよう。

「ようこそお越し下さいました。本日は存分に疲れを癒してくださいね。」

老舗とあって立派な佇まい。
大理石の床と金色の額縁に収まった油絵、館内の豪奢さに気圧される。

「緊張してるのか?」

「…空気に呑まれるというか、ここまで豪華だと思ってなかった。」

目を丸くする俺に龍一が噴き出す。
客室は本間と寝室に分かれていて、修学旅行で泊まったような部屋とはまるで別物。
招待券ということで宿泊費は実質無料、黒田さんには足を向けて寝られないだろう。
イグサの香りが漂う畳は、日本人の遺伝子に安らぎをもたらしてくれる。

「じゃあ、俺も。」

荷物を降ろすと背後から回った手が触れる。
抱きしめられたまま座らされ、広い空間にこの密着状態は不釣り合いだ。

「…急にびっくりすんだろ。」

「しばらく出来てなかったし、精神的に癒してもらおうかと。」

羞恥心がこみ上げるが、振りほどく事は出来ずに為すがまま。
「俺は充電器かよ。」と呟くと、更に寄せる力が強くなる。

(…ちょっと期待したとか、死んでも言えねえ。)

「失礼致します。」

扉の向こうから聞こえる女将さんに声に、慌てて離れる。
大浴場と夕食の説明に来たようで、不自然に距離を取る俺達を見ると「仲が良いんですね。」と微笑んで退出した。

「…はぁ、ビビったー。」

「流石に焦ったな。」

「焦った」と言っているが反省している態度は無い。
若干余裕あり気の龍一に置いてあった浴衣を押し付ける。

「…とりあえず、温泉行くぞ。」

「はいはい。」

半ば投げやりに大浴場へと龍一を連れ出すのであった。


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