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誘い
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「…これは、一体」
「神崎、助けてくれ!」
事務室では、どこの職場にもいるであろうお局様同士の攻防戦が繰り広げられている。
目の前で手を合わせ懇願する小泉先輩によれば、ゴールデンウイークのシフトで揉めているとのこと。
ゴールデンウイーク、今年は4月29日と30日の土日と5月3日~7日までの五連休。
いつもなら連休が取れなくても仕方ないと腹を括っていたが、今回ばかりは確保したい事情があった。
「ゴールデンウイークで、都合のつく日ある?」
事の顛末はこれだ。
先日、凪から部活で撮影した写真と共に送られてきたメール。
進級祝いとしてカタログギフトを貰ったようで、好きな招待券と交換出来るらしい。
某夢の国のようなアミューズメントパークのチケットから、リゾートホテルまで網羅されている中で、俺達が選んだのはとある老舗旅館の宿泊券だった。
「いいのか?」
他に行きたい場所があるのに気を遣っているのではないかと確認を取ると、まるで愚問だと言わんばかりに返事が戻ってきた。
「…誘ったのは俺の方だし、龍一が喜んでくれるなら。」
俺とならどこでもいいという意味に捉えてしまいそうだ。
健気な恋人のお誘いを断るはずがないというのに。
お互いの予定が判明次第、スケジュールを送るということで話はまとまった。
「…一回落ち着いてもらえますか?新人さんも驚いてますし。」
恐る恐る声をかけると、怒鳴り合いに発展しそうだった女性二人が口を噤んだ。
静まり返った事務室で注目が一点に集まる。
「確かに、偏ってますね。」
シフト表を見せてもらうと、早番や連勤が一部の職員ばかりにしわ寄せされているのに気づく。
子供の学校行事や家族との予定を考慮すると、揉めてしまうのも仕方がない。
「前半の夜勤と土日は俺が変わります。」
「それだと神崎の休みが減るだろ。」
助け舟をくれた先輩に「その代わりに、ここを連休にさせてください。」と頼む。
希望を叶えるには何かを譲ること。
職場の人間関係を取り持つために得た手段だ。
もし、これが律だったら全部のシフトを受け入れていただろうか。
「他に希望はある人はいるか?」
後ろにいる新人の一人が挙手をした。
夜勤が連続しているところを入れ替えてやる。
どうやら、新人の希望を疎かにしていたのも揉めた原因らしい。
(…納得してくれ)
一応全員の事情を把握して、書き上げたものを責任者の上司に提案する。
険悪な雰囲気が元に戻り、ほっと胸をなでおろす。
「何で俺に頼むんですか?」
実は似たような事は前にもあった。
俺はあくまで患者のカウンセラーであって、職場の相談員ではないのだが。
「俺が言っても聞く耳持たねえから、悔しいけど適材適所って奴だ。神崎が言えば大体静かになる。」
匙を投げる先輩は安堵した様子を浮かべたかと思うと、急に「お前に女がいるって噂が流れてんだけど、ぶっちゃけどうなんだよ。」と聞いてきた。
「最近、妙だと思ったんだよ。合コンにも来ねえし、次の日休みだとすぐに帰るし。」
(…元々、合コンには行ってねえよ)
心の中で否定するが、先輩はお構いなしに熱弁する。
それを見ていた森塚が「仮眠室で誰かと楽しそうに連絡しているという目撃情報が入っています!デスクで寝落ちする癖が、急に直っているのも怪しくないですか?」と勢い良く割り込む。
仮眠室での電話なんて誰に見られたのか。
彼女だと思われているのも面倒くさい。
「じゃあ、俺は仕事に戻るんで。」
「話は終わってねえ。後で洗いざらい聞いてやるからな。」
適当な言い訳をつけて立ち去ることには成功した。
一難去ってまた一難、恋とは別の所でも苦悩は続きそうである。
スケジュール帳の5月3日と4日に「凪との旅行」と書き加え、ひとまず気持ちを切り替えるのであった。
「神崎、助けてくれ!」
事務室では、どこの職場にもいるであろうお局様同士の攻防戦が繰り広げられている。
目の前で手を合わせ懇願する小泉先輩によれば、ゴールデンウイークのシフトで揉めているとのこと。
ゴールデンウイーク、今年は4月29日と30日の土日と5月3日~7日までの五連休。
いつもなら連休が取れなくても仕方ないと腹を括っていたが、今回ばかりは確保したい事情があった。
「ゴールデンウイークで、都合のつく日ある?」
事の顛末はこれだ。
先日、凪から部活で撮影した写真と共に送られてきたメール。
進級祝いとしてカタログギフトを貰ったようで、好きな招待券と交換出来るらしい。
某夢の国のようなアミューズメントパークのチケットから、リゾートホテルまで網羅されている中で、俺達が選んだのはとある老舗旅館の宿泊券だった。
「いいのか?」
他に行きたい場所があるのに気を遣っているのではないかと確認を取ると、まるで愚問だと言わんばかりに返事が戻ってきた。
「…誘ったのは俺の方だし、龍一が喜んでくれるなら。」
俺とならどこでもいいという意味に捉えてしまいそうだ。
健気な恋人のお誘いを断るはずがないというのに。
お互いの予定が判明次第、スケジュールを送るということで話はまとまった。
「…一回落ち着いてもらえますか?新人さんも驚いてますし。」
恐る恐る声をかけると、怒鳴り合いに発展しそうだった女性二人が口を噤んだ。
静まり返った事務室で注目が一点に集まる。
「確かに、偏ってますね。」
シフト表を見せてもらうと、早番や連勤が一部の職員ばかりにしわ寄せされているのに気づく。
子供の学校行事や家族との予定を考慮すると、揉めてしまうのも仕方がない。
「前半の夜勤と土日は俺が変わります。」
「それだと神崎の休みが減るだろ。」
助け舟をくれた先輩に「その代わりに、ここを連休にさせてください。」と頼む。
希望を叶えるには何かを譲ること。
職場の人間関係を取り持つために得た手段だ。
もし、これが律だったら全部のシフトを受け入れていただろうか。
「他に希望はある人はいるか?」
後ろにいる新人の一人が挙手をした。
夜勤が連続しているところを入れ替えてやる。
どうやら、新人の希望を疎かにしていたのも揉めた原因らしい。
(…納得してくれ)
一応全員の事情を把握して、書き上げたものを責任者の上司に提案する。
険悪な雰囲気が元に戻り、ほっと胸をなでおろす。
「何で俺に頼むんですか?」
実は似たような事は前にもあった。
俺はあくまで患者のカウンセラーであって、職場の相談員ではないのだが。
「俺が言っても聞く耳持たねえから、悔しいけど適材適所って奴だ。神崎が言えば大体静かになる。」
匙を投げる先輩は安堵した様子を浮かべたかと思うと、急に「お前に女がいるって噂が流れてんだけど、ぶっちゃけどうなんだよ。」と聞いてきた。
「最近、妙だと思ったんだよ。合コンにも来ねえし、次の日休みだとすぐに帰るし。」
(…元々、合コンには行ってねえよ)
心の中で否定するが、先輩はお構いなしに熱弁する。
それを見ていた森塚が「仮眠室で誰かと楽しそうに連絡しているという目撃情報が入っています!デスクで寝落ちする癖が、急に直っているのも怪しくないですか?」と勢い良く割り込む。
仮眠室での電話なんて誰に見られたのか。
彼女だと思われているのも面倒くさい。
「じゃあ、俺は仕事に戻るんで。」
「話は終わってねえ。後で洗いざらい聞いてやるからな。」
適当な言い訳をつけて立ち去ることには成功した。
一難去ってまた一難、恋とは別の所でも苦悩は続きそうである。
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