40 / 88
英雄
しおりを挟む
午前5時、やけに起き抜けが良くスッキリとした目覚め。
朝礼まではまだ余裕がある。
デスクから上体を離し、仮眠室に併設されているシャワーブースへと向かう。
身体に纏わりつく嫌な汗を洗い流し、無防備な自分にスイッチを入れる。
泊まり込みになった際のルーティンだ。
「チェックお願いします。」
頼まれていた資料の作成、寝てしまった分を取り返すように何とか間に合わせることが出来た。
小泉先輩が書類を一通り確認し、チェック済みの印を押す。
徹夜していたのか目の下のクマが目立つ。
「…神崎も寝るならベット行けよ。休まらねえし、仕事に支障が出る。あの子にも心配かけさせていいのか?」
先輩の指摘はもっともなのだが、寝不足の相手に言われているせいか説得力がない。
同僚以外の職員にもすっかり『あの子=凪』でまかり通っている。
俺がそれに弱いのを知っているのか先輩の笑みは若干不適だ。
「研修が終わったら落ち着きますよ。」
「それまでの辛抱か。」
「奢りだ」と差し出された缶飲料を飲み干す。
口に含めば、エナジードリンク特有の人工的な甘さが喉に注がれる。
意識を夢から引き戻すにはちょうどよかった。
* * * *
「お疲れか?」
「…子供って元気ですね。」
最近はリハビリやら面会であまり院内学級には足を運べていなかった。
凪も同様で、久しぶりに会った小学生達に遊び相手をせがまれて大変だったらしい。
約束があるからと上手くなだめて、教室を出ることには成功した。
ロビーを真っ直ぐ進んだ先にある大きな自動ドアを抜けると外へと続く。
2月中旬にしては暖かく、ダウンジャケットさえあれば大丈夫そうだ。
「段差あるから気をつけろよ。」
速度こそは遅いが、しっかり自分の足で地面を蹴っている。
車椅子に乗っていた頃に比べればかなりの回復だ。
目に見えるものに好奇心を躍らせ、シャッターを構える凪。
「面倒見のいい年上」ではない「探求心に満ちた少年」としての姿は魔法のように俺を惹きつける。
「あれ、何ですか?」
「行ってみるか。」
坂の向こう側には大樹がそそり立つ。
緩やかなスロープ状の道を歩くと、東京とは思えない程の景色が広がる。
「ほら、掴まれ。」
最後の階段に差し掛かったあたりで手を取ろうと振り返る。
急な斜面でバランスを崩すのを防ぐためだ。
「…ありがとうございます。」
まごつきながらも握られた左手。
全身にしびれる波、頂上に辿り着くまでの数十秒。
鼻をくすぐるほのかな香りと不思議な感覚が胸を打つ。
なだらかな丘に横になると、凪も隣で真似をした。
大樹の枝が適度に日差しを遮り、緑が安らぎを与えてくれる。
「桜、退院までには咲くといいな。」
春になれば葉が落ちた木にも新たな花が芽吹く。
「最後の一枚はそれで決定ですね。」
「最後になんかさせねえ。凪には見せたいものが沢山ある。」
「…見せたいもの」
律の指す『一人のためのヒーロー』
子供の頃の想像とは違う理想、俺なりの正解。
「連れてってやるって言っただろ?」
君を箱庭から解き放つ英雄に、俺はなれるだろうか。
朝礼まではまだ余裕がある。
デスクから上体を離し、仮眠室に併設されているシャワーブースへと向かう。
身体に纏わりつく嫌な汗を洗い流し、無防備な自分にスイッチを入れる。
泊まり込みになった際のルーティンだ。
「チェックお願いします。」
頼まれていた資料の作成、寝てしまった分を取り返すように何とか間に合わせることが出来た。
小泉先輩が書類を一通り確認し、チェック済みの印を押す。
徹夜していたのか目の下のクマが目立つ。
「…神崎も寝るならベット行けよ。休まらねえし、仕事に支障が出る。あの子にも心配かけさせていいのか?」
先輩の指摘はもっともなのだが、寝不足の相手に言われているせいか説得力がない。
同僚以外の職員にもすっかり『あの子=凪』でまかり通っている。
俺がそれに弱いのを知っているのか先輩の笑みは若干不適だ。
「研修が終わったら落ち着きますよ。」
「それまでの辛抱か。」
「奢りだ」と差し出された缶飲料を飲み干す。
口に含めば、エナジードリンク特有の人工的な甘さが喉に注がれる。
意識を夢から引き戻すにはちょうどよかった。
* * * *
「お疲れか?」
「…子供って元気ですね。」
最近はリハビリやら面会であまり院内学級には足を運べていなかった。
凪も同様で、久しぶりに会った小学生達に遊び相手をせがまれて大変だったらしい。
約束があるからと上手くなだめて、教室を出ることには成功した。
ロビーを真っ直ぐ進んだ先にある大きな自動ドアを抜けると外へと続く。
2月中旬にしては暖かく、ダウンジャケットさえあれば大丈夫そうだ。
「段差あるから気をつけろよ。」
速度こそは遅いが、しっかり自分の足で地面を蹴っている。
車椅子に乗っていた頃に比べればかなりの回復だ。
目に見えるものに好奇心を躍らせ、シャッターを構える凪。
「面倒見のいい年上」ではない「探求心に満ちた少年」としての姿は魔法のように俺を惹きつける。
「あれ、何ですか?」
「行ってみるか。」
坂の向こう側には大樹がそそり立つ。
緩やかなスロープ状の道を歩くと、東京とは思えない程の景色が広がる。
「ほら、掴まれ。」
最後の階段に差し掛かったあたりで手を取ろうと振り返る。
急な斜面でバランスを崩すのを防ぐためだ。
「…ありがとうございます。」
まごつきながらも握られた左手。
全身にしびれる波、頂上に辿り着くまでの数十秒。
鼻をくすぐるほのかな香りと不思議な感覚が胸を打つ。
なだらかな丘に横になると、凪も隣で真似をした。
大樹の枝が適度に日差しを遮り、緑が安らぎを与えてくれる。
「桜、退院までには咲くといいな。」
春になれば葉が落ちた木にも新たな花が芽吹く。
「最後の一枚はそれで決定ですね。」
「最後になんかさせねえ。凪には見せたいものが沢山ある。」
「…見せたいもの」
律の指す『一人のためのヒーロー』
子供の頃の想像とは違う理想、俺なりの正解。
「連れてってやるって言っただろ?」
君を箱庭から解き放つ英雄に、俺はなれるだろうか。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

変態高校生♂〜俺、親友やめます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
学校中の男子たちから、俺、狙われちゃいます!?
※この小説は『変態村♂〜俺、やられます!〜』の続編です。
いろいろあって、何とか村から脱出できた翔馬。
しかしまだ問題が残っていた。
その問題を解決しようとした結果、学校中の男子たちに身体を狙われてしまう事に。
果たして翔馬は、無事、平穏を取り戻せるのか?
また、恋の行方は如何に。


男子寮のベットの軋む音
なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。
そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。
ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。
女子禁制の禁断の場所。

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる