君を知るということ

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「あけましておめでとう」

そんな言葉を聞くのは今日でもう何回目だろうか。

年末年始は一時帰宅する患者も多く葵や他の子供達も例外ではない。
職員の数も少なく一人で過ごす正月はテレビのカウントダウン報道とは裏腹に、静かでどこか退屈な日々だった。

1月3日 日本ではこの日までは休暇としている場合が多い。
先程からひっきりなしに実況される箱根駅伝を横目に、今日はどう時間を潰そうか考えているとガラガラと音を立てながら部屋のドアが開いた。

「元気にしてたか?」

予想よりも1日早く神崎先生がやってきた。

「休みはいいんですか?」

「実家が埼玉だから日帰りで戻って来れる。…それに、お前の顔見たかったし。」

後半の言葉にドキリと高揚感を感じてしまう自分がいる。
先生は実家があるという大宮の洋菓子店で買ったお土産を「よかったら食べてくれ。」と手渡してくれた。
クリームやナッツをクッキーで挟んだお菓子、後でお茶と一緒に頂くとしよう。

「散歩にでも行くか?もっと色々な写真撮りたいって言ってただろ。」

付添人がいれば部屋の外に出てもいいらしい。
ずっと引きこもっていても体がなまってしまいそうだから運動がてらに丁度良さそうだ。
カメラのストラップを首から下げ、松葉杖をベットサイドから取る。

エレベーターに乗り、一階に着くとロビーが見える。
広々とした空間は、患者やその家族の憩いの場として使用されていた。

「あら、こんにちは。」
「どうも」

道中一人のおばあさんに話しかけられた。
心臓の持病を患っており、俺はお孫さんと同じぐらいの年だという。

「若い時は細胞の入れ替わりが早いから。すぐに治るよ。」
「ありがとうございます。」

俺の右脚を見かねてそう助言をしてくれた。
もし、祖母がまだ生きていればこんな感じなんだろうか。「たられば」の想像をしても仕方がないのだけれど。

「気になってるんでしょ。声かけないの?」
「一緒に行こうよ。」

ひそひそと若い女性の話し声。休憩中の看護士だろうか。

(…何でイラついてんだろ)

神崎先生に女子がこうやってもてはやすのはいつものこと。
あの人は誰にでも優しい、それに顔だって俗にいう『イケメン』と言っても差し支えないし。
分かっているはずなのに嫉妬する自分が嫌になる。

「ここから中庭に出られるぞ。」

悶々と悩んでいる内に目的地に到着していたようだ。
日の光が差し込み、透明な屋根が開放感を生み出している。

季節ごとに植え替えられるという花。シャッターを下ろす度に鮮やかな色が目に眩しい。
温室だからか冬なのに暖かかった。

「ちょっと休むか。」

ベンチに座り、松葉杖を脇に立てかける。

「歩くの大分上手くなったな。」

「春には学校に行けるみたいです。…ただ、退院したらどうすればいいのかなって。
一人暮らしは主治医の先生にも止められたし。」

「今度、児童相談所との会談に俺も立ち会うんだけど、保証人不要の学生寮がある。進学してからも住み続けられるから、施設よりもいいと思う。」

学生寮というと学校に併設されているイメージが強いのだが、民間が運営している施設もある。
施設は18歳になれば出ていく必要があるのだが寮なら大学生までは滞在出来るそうと先生は言った。

「学歴が全てとは言わないが、進学して損はない。金のことは心配するな。奨学金や援助だってあるし、俺も出来るだけのことはする。」

「…何で、俺にそこまで。」

「俺がしたいんだよ。この仕事に就いたのは、律を失って傷ついた自分を救うためだった。
でも、今は俺を必要としてくれる奴がいる。凪が笑ってくれるのが嬉しいって言ったら引くか?」

「彼にとって君はもう放っておけない存在」
いつかの主治医の言葉。
半信半疑だったものが急に本当のことのように思えてくる。

「…そんな風に言われると」

「照れてんのか?素直になれよ。」

たまにこうしてからかっている時、先生がちょっと楽しそうなのは俺の気のせいなのか。

自分がこの人の中で特別になりたい承認欲求が満たされていく。
誰に対してでもなく、俺にだけ使われるこの時間はとても幸せだった。

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