9 / 88
兆し 2
しおりを挟む
入院してから一週間。
清潔な場所で寝て、暴言を吐かれることもない日々が過ぎてゆく。
右足が動かないことを除けば不自由とは程遠い生活のはずだ。
だけど、ふとあの日以来連絡を取っていない湊達のことが気になったり(携帯は病院に運ばれた際、なかったのでおそらく家に置いたまま)両親を夢に見ることがある。
その時は、音楽を聴くことで心を落ち着かせていた。
「いい顔になったな。」
神崎先生が気に入ってるという曲を二人で聴いていると、突然そう言われた。
どうやら、俺はここに来てから初めて笑ったらしい。
希望なんて存在していなかったはずなのに、最近はやってみたいとか、会って話がしたい、とか好奇心に近いような衝動を感じるようになったという実感は確かにあった。
『自分のために生きる』ということの意味が少しだけ分かったような気がする。
「今日はここまでにしようか。お迎えが来るまでは自由にしてていいよ。」
今日は初めて『院内学級』に足を運んでみた。
病院内、小児科病棟に教室が設置されていて対象年齢は一応6歳から18歳までとなっているが、基本的には小学生が中心のようだ。
朝、看護師に送ってもらってから3時間程。
在籍している高校の教科書と問題集を用意してもらい、指示に従いながら進めていく。
解説して欲しい所や質問があればすぐに聞けるし、自分のペースで黙々と没頭できる点を考えると『学級』と付けられているが個別指導の塾や家庭教師の方が近いかもしれない。
迎えが来るまではまだ時間がある。
本でも読んで待っていようかと思い車椅子のタイヤに手をかけた。
松葉杖での歩行訓練に移るまでは車椅子での移動が中心になるからと、昨日ある程度の操作方法は教えて貰ったがこれが意外と力がいる。
ゆっくりと腕の力で押し出しながら前進していると、棚の前で一人の子供と目が合った。
10歳ぐらいの白いパジャマを着た男子、片手に何冊も抱えていた本が支えきれなかったのか、台の上から分厚い本がいくつか降ってくる。
「何か探してるのか?」
「…図鑑をちょっと、探してて。」
落ちてきた本を拾ってやる。
表紙を見ると確かに小学生向けの理科事典や生物図鑑と書いてあったがどうやら目当ての物とは違うらしい。
学習関連の書架を手分けして探すついでに、神崎先生に借りているやつもちょうど読み終わるので自分用に3冊程小説を選んだ。
教室を管理している先生によると、置いてある本は申請すれば二週間は部屋に持ち帰ってもいいらしい。
目的の品も見つかったので、俺達はテーブルまで移動した。
子供が読んでいたのは天体図鑑で星に関する本を探していたようだ。
「…友達いないやつだとでも思った?」
教室の周りを見渡してみると男子はボードゲーム、女子は工作や塗り絵などそれぞれグループで遊んでいるのが視界に入る。
おそらくこの子は一人が気楽だと感じるタイプなのだろう。
「俺も中学の時は一人でいたことの方が多いし、別にいいんじゃないか?」
家庭の経済事情を理由に遠出や金を使うような遊びを断っていたら、空気の読めないやつというレッテルを張られたことがある。
クラスで何か出し物をやるとなった時も結局周りの雰囲気に同調しきゃいけなくなったり、気を使ったりするのが面倒になりそれ以来大人数での行動が苦手になった。
不意にこの子と自身の過去の姿が重なる。
少年は『葵』と名乗った。華奢な体つきで年は11歳、小5にしてはやや小柄だ。
「皆、おれのこと変なやつって言うけど、お兄さんは違うの?」
冷めたような目の中に見える純粋な眼差し、自分と似ているからか、俺は葵に興味をもった。
少しのきっかけが案外自分の世界を変えてくれる。
あの人がそう教えてくれたのだから。
清潔な場所で寝て、暴言を吐かれることもない日々が過ぎてゆく。
右足が動かないことを除けば不自由とは程遠い生活のはずだ。
だけど、ふとあの日以来連絡を取っていない湊達のことが気になったり(携帯は病院に運ばれた際、なかったのでおそらく家に置いたまま)両親を夢に見ることがある。
その時は、音楽を聴くことで心を落ち着かせていた。
「いい顔になったな。」
神崎先生が気に入ってるという曲を二人で聴いていると、突然そう言われた。
どうやら、俺はここに来てから初めて笑ったらしい。
希望なんて存在していなかったはずなのに、最近はやってみたいとか、会って話がしたい、とか好奇心に近いような衝動を感じるようになったという実感は確かにあった。
『自分のために生きる』ということの意味が少しだけ分かったような気がする。
「今日はここまでにしようか。お迎えが来るまでは自由にしてていいよ。」
今日は初めて『院内学級』に足を運んでみた。
病院内、小児科病棟に教室が設置されていて対象年齢は一応6歳から18歳までとなっているが、基本的には小学生が中心のようだ。
朝、看護師に送ってもらってから3時間程。
在籍している高校の教科書と問題集を用意してもらい、指示に従いながら進めていく。
解説して欲しい所や質問があればすぐに聞けるし、自分のペースで黙々と没頭できる点を考えると『学級』と付けられているが個別指導の塾や家庭教師の方が近いかもしれない。
迎えが来るまではまだ時間がある。
本でも読んで待っていようかと思い車椅子のタイヤに手をかけた。
松葉杖での歩行訓練に移るまでは車椅子での移動が中心になるからと、昨日ある程度の操作方法は教えて貰ったがこれが意外と力がいる。
ゆっくりと腕の力で押し出しながら前進していると、棚の前で一人の子供と目が合った。
10歳ぐらいの白いパジャマを着た男子、片手に何冊も抱えていた本が支えきれなかったのか、台の上から分厚い本がいくつか降ってくる。
「何か探してるのか?」
「…図鑑をちょっと、探してて。」
落ちてきた本を拾ってやる。
表紙を見ると確かに小学生向けの理科事典や生物図鑑と書いてあったがどうやら目当ての物とは違うらしい。
学習関連の書架を手分けして探すついでに、神崎先生に借りているやつもちょうど読み終わるので自分用に3冊程小説を選んだ。
教室を管理している先生によると、置いてある本は申請すれば二週間は部屋に持ち帰ってもいいらしい。
目的の品も見つかったので、俺達はテーブルまで移動した。
子供が読んでいたのは天体図鑑で星に関する本を探していたようだ。
「…友達いないやつだとでも思った?」
教室の周りを見渡してみると男子はボードゲーム、女子は工作や塗り絵などそれぞれグループで遊んでいるのが視界に入る。
おそらくこの子は一人が気楽だと感じるタイプなのだろう。
「俺も中学の時は一人でいたことの方が多いし、別にいいんじゃないか?」
家庭の経済事情を理由に遠出や金を使うような遊びを断っていたら、空気の読めないやつというレッテルを張られたことがある。
クラスで何か出し物をやるとなった時も結局周りの雰囲気に同調しきゃいけなくなったり、気を使ったりするのが面倒になりそれ以来大人数での行動が苦手になった。
不意にこの子と自身の過去の姿が重なる。
少年は『葵』と名乗った。華奢な体つきで年は11歳、小5にしてはやや小柄だ。
「皆、おれのこと変なやつって言うけど、お兄さんは違うの?」
冷めたような目の中に見える純粋な眼差し、自分と似ているからか、俺は葵に興味をもった。
少しのきっかけが案外自分の世界を変えてくれる。
あの人がそう教えてくれたのだから。
21
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

変態高校生♂〜俺、親友やめます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
学校中の男子たちから、俺、狙われちゃいます!?
※この小説は『変態村♂〜俺、やられます!〜』の続編です。
いろいろあって、何とか村から脱出できた翔馬。
しかしまだ問題が残っていた。
その問題を解決しようとした結果、学校中の男子たちに身体を狙われてしまう事に。
果たして翔馬は、無事、平穏を取り戻せるのか?
また、恋の行方は如何に。


男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

男子寮のベットの軋む音
なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。
そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。
ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。
女子禁制の禁断の場所。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる