君を知るということ

レコード

文字の大きさ
上 下
4 / 88

出会い

しおりを挟む
「神崎先生、今お時間よろしいでしょうか?」

事務作業をしていた俺に看護士の一人が声をかける。
大学を卒業してから約二年、俺は都内の総合病院で患者を対象としたカウンセラーとして働いている。

昼間は病室を回りながら患者のケアを行い、夜は1日の記録を表にまとめデータとして起こす。
残業で泊まり込みになることも珍しくないが、相応の給料は支払われるし、サービスも充実しているので労働条件は悪い方ではないと思う。

「先程、運ばれてきた患者さんです。」

看護士からバインダーを受け取り、記載されている情報に目を通す。

『千歳 凪』 16歳の高校生一年生。

担任の教員から虐待の通報を受けた警察が自宅のマンションに駆けつけ、血を流して倒れているところを発見。
右脚の骨折等の重傷を負っていたため、しばらくここで保護することになったそうだ。

彼のカウンセリングを明日から担当してほしい、とのこと。
小児科病棟で幼児や小学生と話す機会は多いが、高校生というのはあまりなかった。

資料だけではその子のことは分からない。
まずは会ってみなければ。

「千歳 凪君の意識が戻りました。すぐにこちらに来てください。」

「すみません。神崎先生、失礼します。」

主任に呼ばれた看護士は一礼し、すぐに病室の方へと向かいだした。



翌日の朝

主治医に案内された病室は302号室。

洗面台、トイレなどの水回りや小型の冷蔵庫、テレビが設置されたシンプルな個室スタイルの部屋だ。

軽くドアをノックして静かに開ける。

ベットに横たわる少年。


頭部に巻かれた包帯や右足のギプスを見るだけでも虐待の痛々しさが否応なしに伝わってきた。

「凪君。こちら、カウンセラーの神崎先生。」

主治医に紹介を受け、「はじめまして」と一言挨拶をする。

「…どうも。」

先に児童相談所の職員から事情聴取をされていたようで、簡単な意志疎通を図ることはできるようだ。

「私は次の患者さんがあるから、後はよろしくね。」
「はい」

主治医が部屋を出ると部屋はしんと静まり返った。

「飲み物、ほうじ茶でいいか?」
「…え、…はい。」

少年は少し驚いた様子だったが、小さく頷いたので
一応了承を得たということにする。
部屋にあった電気ケトルで湯を沸かし、ティーパックを入れたマグカップに注ぐ。
湯気の立つカップをそっと渡すと、おざなりながらも少年はゆっくりと飲み始めた。

「少しは肩の力、抜けたか?」

急な入院、さらには初対面の大人からの質問攻め。
緊張したり疲れたりしてしまっても無理はない。

ほうじ茶に含まれる『ピラジン』と呼ばれる成分には脳をリラックスさせる効果もあるので、気休め程度にはなるだろう。

強張っていた少年の表情が一瞬だけ、柔らかくなったような気がした。

「また、明日来るから。」

持ってきた紙袋をサイドテーブルの上に置き、代わりにマグカップを受け取る。

「…あの、…お茶、ありがとうございました。」

か細い声だったが、しっかりと目線を俺に向けて少年は礼の言葉を口にした。

恐怖心を宿した虚ろな目。

しかし、その吸い込まれそうな瞳に俺は柄にもなく惹きつけられてしまっていた。












しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

学園の支配者

白鳩 唯斗
BL
主人公の性格に難ありです。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

聖也と千尋の深い事情

フロイライン
BL
中学二年の奥田聖也と一条千尋はクラス替えで同じ組になる。 取り柄もなく凡庸な聖也と、イケメンで勉強もスポーツも出来て女子にモテモテの千尋という、まさに対照的な二人だったが、何故か気が合い、あっという間に仲良しになるが…

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

変態高校生♂〜俺、親友やめます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
学校中の男子たちから、俺、狙われちゃいます!? ※この小説は『変態村♂〜俺、やられます!〜』の続編です。 いろいろあって、何とか村から脱出できた翔馬。 しかしまだ問題が残っていた。 その問題を解決しようとした結果、学校中の男子たちに身体を狙われてしまう事に。 果たして翔馬は、無事、平穏を取り戻せるのか? また、恋の行方は如何に。

処理中です...