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主の裏表

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「本日は遠路はるばるお越し頂き、誠にありがとうございました。ごゆっくりお楽しみください。」

大広間の舞台上に立ち、延々と来賓のスピーチが続く。
生憎その手の話題に興味はない。
銀座一等地のホテルに集まったのは政治関係者や招待を受けた企業の代表。
それらを見渡しながら、適当に拍手だけ送っておいた。

「会場だけは立派だな。」

「その埋め合わせがこの料理って感じだけど。」

テーブルに並べられたビュッフェ形式の料理はとても全員分を賄える量ではなく、内容も簡素なもの。
売り捌いたチケットから諸々の経費を差し引き、残った金額が主催者の利益となるため、できるだけ余計な支出を削減しようとする魂胆だ。
パーティーと名ばかりの所詮は資金集め。
しかもこれが合法で認められるのだから、面倒臭い。

「随分と若い社長さんだね。」

「お初にお目にかかります。先生のご活躍は、常々存じ上げておりますよ。」

食事が終われば自己紹介タイム。
秘書である俺の仕事は名刺の交換と挨拶回りだ。
偶然通りかかった来賓を巧みな話術で惹きつける凌雅。
我が主ながら、この演技力には感服させられる。

「下がっていいぞ。」

勧められたワイングラスを片手にした凌雅の目配せを合図に、別行動へ移った。

「これから選挙も控えていますし、やはり議員秘書の方となるとお忙しいのでは?」

「それはもちろん。スケジュールも考えなきゃだし、上司の都合で休日出勤とかもざらにあります。」

秘書同士ともなれば、お互い肩の力も抜けて砕けた態度になる。
ここで大切なのは決して相手を否定せず、特に女性には共感の言葉をかけること。
知り合いのホストから学んだテクニックの一つだ。

「この時期はクレームも多いんですよ。選挙カーがうるさいとか、本人を呼べとかって。」

「それは大変でしたね。くれぐれも無理のない範囲で、お互い頑張りましょう。」

「誰かに聞いてほしい」という心理を利用を狙い、口を割らせる。
後は同じ手順を繰り返して、漏らした情報を拾い上げる。
数時間が経過し、ようやくお開きのアナウンスが流れた。

「お疲れ~。ワインの味はどうだった?」

「…冷えた酒が飲みたい。」

飲酒運転で警察の世話になる訳にもいかないので、帰りの運転は俺だ。
座席に傾れ込むや否や、凌雅はネクタイを緩め、乱雑にジャケットを脱いだ。
どうやら温めのワインがお気に召さなかったらしい。
冷蔵庫に缶ビールとレモンサワーが残ってることを思い出す。
何かツマミの一つでも作って足してやろう。

「まあ、あのおっさんの口が軽くて助かった。情報量だけでも釣りが出る。」

忍ばせておいたペン型のボイスレコーダー。
これを今から事務所に持ち帰る。

「ツモ、16000オール。」

「…役満かよ。」

「おい、もう一戦やるぞ!」

(…まさかの麻雀かよ。)

ビルのドアを潜ると、応接間で駿の迎えを頼んだ羽鳥と部下が集まって卓を囲んでいる。
「戻って来るまで見てやってくれ」とは命じたが、大人の方が全力ではないか。

「ただいま。」

「…お、おかえりなさい。」

汚れた仕事ばかりのせいか、駿の純粋さが専ら最近の癒やしだ。

「麻雀以外に教えるものあっただろ。」

「でも、本人楽しそうだよ。俺もやろうかな?」

「加勢する前に報告書が溜まってるだろうが。」

自分に構ってほしいだけのくせに。
いつもなら迷わず吸うはずのタバコを凝視して、溜息をついたのが証拠。

「火、入りますか?」

「…いや、今はいい。」

結局、駿を気にして辞めたのだろう。
「ニヤニヤすんな」と頭を叩かれたが、凌雅の拳に痛みはなかった。




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