36 / 36
エピローグ
お楽しみはこれから
しおりを挟む
七月の最終週に開催される八坂神社祇園祭は、龍ケ崎市にとっては年間を通しても最大のお祭りである。
祭りの期間中は無数の屋台が沿道に立ち並び、その並びに挟まれた中央の道をいくつもの神輿や山車が、太鼓や笛などの鳴り物が、そして市民チームによるパレードが、練り歩く。
ご存知、RYUとぴあ音頭パレードである。
パレードには子供たちも参列していた。子ダヌキのトリオと小次郎くんが、学校のお友達とチームを組んで。
踊り歩く子供たちの最前でチーム名の書かれたプラカードを掲げる大役は、このほど正式に水沼姓になった桔梗ちゃんが勤めていた。
沿道から娘の名前を呼ぶ夫婦から目を逸らした桔梗ちゃんは、恥ずかしそうではあっても決して嫌そうではなかった。
水沼夫妻が父母と呼ばれる日も、そう遠くはないという気がした。
「人と人との関係性ってのは日々変化を重ねて、絆は強まっていくものなのにゃ」
「いつも思ってるんだけど、君はいったいどの立場から物を言ってるんだろう……」
偉そうな口を利く子猫に、今日も今日とて村上春樹的なため息で応じる僕である。やれやれ。
お祭り見物を抜け出してやってきた駐車場は、大通りから一本路地裏に入っただけなのに、不思議なほど静かだった。
僕はそこでマサカドと話し込んでいる。
関係性の変化といえば、僕とマサカドはあれ以降頻繁に会うようになっていた。
この生意気な子ネコとは、話してみると妙に馬が合うことがわかった。
僕だけが正体を知っているという性質上他に出来ないような話も彼には出来たし、マサカドもまた唯一の話し相手である僕を重宝に感じているらしかった。
美しい友情は絶賛継続中なのである。箱買いしたチュール(いなばペットフード社)だってまだいっぱい残ってるし。
「変化も進展もしないのは、ハッちゃんと夕声ちゃんの仲くらいにゃ」
「うるさいなぁ……」
思いっきり渋面になりながら、屋台で買ったイカ焼きを一口頬張る。
夕声の失踪事件から一月近くが過ぎていたけれど、僕と彼女は未だに以前と同じような温度の付き合いを継続している。
関係性の名称自体は『友達』から『恋人』に変化しているはずなのだけど、それを確かめることすらできていない。
気恥ずかしすぎて。
そんなのはあまりにも照れが大きすぎて。
「にわかには信じられないような話をしちゃうけどさ……小次郎君と桔梗ちゃん、こないだ手つないで歩いてたらしいよ……最近の子供は進んでるよね……」
「信じられないのはハっちゃんのへたれっぷりのほうだにゃぁ」
心底呆れたという風にマサカドが言った、そのとき。
「ハチ、待たせたな」
水沼さんたちと話し込んでいた夕声が登場した。両方の手にたこ焼きと綿菓子をそれぞれ持って。
「お、マサカド。ハチにいちゃんと仲良くしてたのか? 他の猫はこいつに寄り付きもしないのに、あんたはほんとに人なつっこいなぁ」
たこ焼きの舟を僕に押しつけてマサカドをあやしはじめる。マサカドの弱いところを撫でたりくすぐったりする。
本性を隠してメロメロになっている毛深い友人に嫉妬心が燃え上がった。
おい、その素敵な女の子は僕の物なんだからな。
「んじゃ、そろそろ行こうぜ。ツクマイ、はじまっちゃうよ」
「あ、うん」
伝統芸能である『龍ケ崎の撞舞』。
夕方から特設会場で催されるそれを見物するのが今日の最終目的だった。
「それじゃ、行こう」
そう行って歩き出そうとしてから、ふと思い立って。
夕声に向かって、僕は手を差し出した。
「……」
「……」
なにも言わずとも意図は伝わったらしい。
おずおずとではあるけど、夕声は僕の手を取ろうとして……。
「……!」
「……!」
指先同士が触れた瞬間に、お互い、弾かれたように手を引っ込めた。
「……にゃーん」
マサカドが猫みたいな鳴き声で呆れを表現した。
まぁ、いいや。急ぐ必要なんて無いのだ。
僕と夕声の仲はこれからも続いていくのだ。それこそ何十年先まで。
僕はそう望んでいるし、彼女だってそう望んでくれていると信じてる。
もう何度も擦り続けてきた言葉だけど、最後にもう一度。
お楽しみはこれからだ。
「そ、それより、早く行こうぜ! ほんとにはじまっちまうよ!」
「う、うん。あ、ちょっとまって荷物が……マサカド、イカ焼き食べる?」
「食べるにゃー」
「……え?」
「……あ」
「……にゃ」
やべ……!
女化町の現代異類婚姻譚・完
祭りの期間中は無数の屋台が沿道に立ち並び、その並びに挟まれた中央の道をいくつもの神輿や山車が、太鼓や笛などの鳴り物が、そして市民チームによるパレードが、練り歩く。
ご存知、RYUとぴあ音頭パレードである。
パレードには子供たちも参列していた。子ダヌキのトリオと小次郎くんが、学校のお友達とチームを組んで。
踊り歩く子供たちの最前でチーム名の書かれたプラカードを掲げる大役は、このほど正式に水沼姓になった桔梗ちゃんが勤めていた。
沿道から娘の名前を呼ぶ夫婦から目を逸らした桔梗ちゃんは、恥ずかしそうではあっても決して嫌そうではなかった。
水沼夫妻が父母と呼ばれる日も、そう遠くはないという気がした。
「人と人との関係性ってのは日々変化を重ねて、絆は強まっていくものなのにゃ」
「いつも思ってるんだけど、君はいったいどの立場から物を言ってるんだろう……」
偉そうな口を利く子猫に、今日も今日とて村上春樹的なため息で応じる僕である。やれやれ。
お祭り見物を抜け出してやってきた駐車場は、大通りから一本路地裏に入っただけなのに、不思議なほど静かだった。
僕はそこでマサカドと話し込んでいる。
関係性の変化といえば、僕とマサカドはあれ以降頻繁に会うようになっていた。
この生意気な子ネコとは、話してみると妙に馬が合うことがわかった。
僕だけが正体を知っているという性質上他に出来ないような話も彼には出来たし、マサカドもまた唯一の話し相手である僕を重宝に感じているらしかった。
美しい友情は絶賛継続中なのである。箱買いしたチュール(いなばペットフード社)だってまだいっぱい残ってるし。
「変化も進展もしないのは、ハッちゃんと夕声ちゃんの仲くらいにゃ」
「うるさいなぁ……」
思いっきり渋面になりながら、屋台で買ったイカ焼きを一口頬張る。
夕声の失踪事件から一月近くが過ぎていたけれど、僕と彼女は未だに以前と同じような温度の付き合いを継続している。
関係性の名称自体は『友達』から『恋人』に変化しているはずなのだけど、それを確かめることすらできていない。
気恥ずかしすぎて。
そんなのはあまりにも照れが大きすぎて。
「にわかには信じられないような話をしちゃうけどさ……小次郎君と桔梗ちゃん、こないだ手つないで歩いてたらしいよ……最近の子供は進んでるよね……」
「信じられないのはハっちゃんのへたれっぷりのほうだにゃぁ」
心底呆れたという風にマサカドが言った、そのとき。
「ハチ、待たせたな」
水沼さんたちと話し込んでいた夕声が登場した。両方の手にたこ焼きと綿菓子をそれぞれ持って。
「お、マサカド。ハチにいちゃんと仲良くしてたのか? 他の猫はこいつに寄り付きもしないのに、あんたはほんとに人なつっこいなぁ」
たこ焼きの舟を僕に押しつけてマサカドをあやしはじめる。マサカドの弱いところを撫でたりくすぐったりする。
本性を隠してメロメロになっている毛深い友人に嫉妬心が燃え上がった。
おい、その素敵な女の子は僕の物なんだからな。
「んじゃ、そろそろ行こうぜ。ツクマイ、はじまっちゃうよ」
「あ、うん」
伝統芸能である『龍ケ崎の撞舞』。
夕方から特設会場で催されるそれを見物するのが今日の最終目的だった。
「それじゃ、行こう」
そう行って歩き出そうとしてから、ふと思い立って。
夕声に向かって、僕は手を差し出した。
「……」
「……」
なにも言わずとも意図は伝わったらしい。
おずおずとではあるけど、夕声は僕の手を取ろうとして……。
「……!」
「……!」
指先同士が触れた瞬間に、お互い、弾かれたように手を引っ込めた。
「……にゃーん」
マサカドが猫みたいな鳴き声で呆れを表現した。
まぁ、いいや。急ぐ必要なんて無いのだ。
僕と夕声の仲はこれからも続いていくのだ。それこそ何十年先まで。
僕はそう望んでいるし、彼女だってそう望んでくれていると信じてる。
もう何度も擦り続けてきた言葉だけど、最後にもう一度。
お楽しみはこれからだ。
「そ、それより、早く行こうぜ! ほんとにはじまっちまうよ!」
「う、うん。あ、ちょっとまって荷物が……マサカド、イカ焼き食べる?」
「食べるにゃー」
「……え?」
「……あ」
「……にゃ」
やべ……!
女化町の現代異類婚姻譚・完
0
お気に入りに追加
13
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
京都かくりよあやかし書房
西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。
時が止まった明治の世界。
そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。
人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。
イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。
※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。

30歳、魔法使いになりました。
本見りん
キャラ文芸
30歳の誕生日に魔法に目覚めた鞍馬花凛。
そして世間では『30歳直前の独身』が何者かに襲われる通り魔事件が多発していた。巻き込まれた花凛を助けたのは1人の青年。……彼も『魔法』を使っていた。
そんな時会社での揉め事があり実家に帰った花凛は、鞍馬家本家当主から呼び出され思わぬ事実を知らされる……。
ゆっくり更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
良かったです。一気に読んでしまい
ました。椎原夕声。初めて出来た彼氏の苗字に自分の名前を合わせてみる。
結構密かに想った子。多いと思います。八郎さんと夕声さん。想いが繋がって
良かったですね。お楽しみはこれから。
本当にこれからです。初々しい
お二人の物語は、、。お話しの続き
良かったです。一気に読んでしまい
ました。椎原夕声。初めて出来た彼氏の苗字に自分の名前を合わせてみ
る。結構密かに想った子。多いと思
います。八郎さんと夕声さん。
良かったですね。お楽しみはこれか
ら。本当にこれからです。初々しい
お二人の物語は、、。お話しの続き
を是非読ませて欲しいです。
ご感想、ありがとうございます。
すごく励みになります。なりました!
ハチと夕声の恋愛にはまだまだ発展の余地がたくさんありますし、登場させられなかった龍ケ崎市のスポットもたくさんあります。
またいつか二人の続きを書きたいと思います。そのときはぜひまたハチと夕声に付き合ってあげてください。