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『本当に君はそれでいいのか? もっと重い刑に処すこともできるのに』
憤慨した顔でそう書き殴ったのはダミアンだ。そばでは書記官が、レイチェルの言葉を聞き逃すまいと緊張した顔で書記版を構えている。
「いいんですわ。大体その場で害するならともかく、武器もなしにあの場に乗り込んできてわたくしをさらおうなんて無謀の極み。そんなずさんな犯行を予防できなかったわたくしにも落ち度があります。――それにマルセル伯爵には、もうひと仕事していただかなければいけませんし」
マルセル伯爵に掴まれて痛めた腕をさすりながら、レイチェルが微笑む。
「わたくし、書類上ではまだ名前がクリスティーナですし、まだあなたの妻なんですの。これを“間違いだった“と教会に認めさせて訂正してもらうには、それはもうたくさんのお布施をしなければいけません。それこそ、伯爵家の金庫が全て空っぽになるくらいには」
何かを察したらしいダミアンが、何も言わずにじっとレイチェルを見る。
「それにね、昔お父さまにも約束しましたのよ。いつか閑職につけて差し上げると。だからそうね……とても小さな村の小さな役所で、人手が不足しているというお話を聞きましたの。屈強な村の皆さんとは顔馴染みなんですけれど、なんでも役人と言っても実際は牧場で豚さんのお世話をするのが主なお仕事なんですって。何かと豚が好きなお父さまには、ぴったりだと思わない?」
あらかじめ用意されたセリフのようにスラスラとそらんじれば、ついにダミアンが堪えきれず笑い出した。その声は快活そのもので、とてもどもりに悩まされている人の笑い声とは思えない。
散々笑った後で、ダミアンは笑いに震えながらペンを走らせた。
『わかった。では君の望む通りに進める。何か、お父さまに伝えておきたいことはある? それとも直接言いに行く?』
「そうですわね……。直接会うのはもうごめんですから……」
レイチェルそばに立つ書記官を見る。彼は慌ててペンを構えた。
「ではこう伝えてくださる? 『いいか、決して逃げるでないぞ。もし逃げたら必ず探し出して、死んだ方がマシだと思う目に遭わせるからな』と」
初めて会った日に、レイチェルがマルセル伯爵から言われた言葉。それを一字一句違えず、そのまま突き返してやることにする。
「承知いたしました! こちら伝えさせていただきます!」
憤慨した顔でそう書き殴ったのはダミアンだ。そばでは書記官が、レイチェルの言葉を聞き逃すまいと緊張した顔で書記版を構えている。
「いいんですわ。大体その場で害するならともかく、武器もなしにあの場に乗り込んできてわたくしをさらおうなんて無謀の極み。そんなずさんな犯行を予防できなかったわたくしにも落ち度があります。――それにマルセル伯爵には、もうひと仕事していただかなければいけませんし」
マルセル伯爵に掴まれて痛めた腕をさすりながら、レイチェルが微笑む。
「わたくし、書類上ではまだ名前がクリスティーナですし、まだあなたの妻なんですの。これを“間違いだった“と教会に認めさせて訂正してもらうには、それはもうたくさんのお布施をしなければいけません。それこそ、伯爵家の金庫が全て空っぽになるくらいには」
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あらかじめ用意されたセリフのようにスラスラとそらんじれば、ついにダミアンが堪えきれず笑い出した。その声は快活そのもので、とてもどもりに悩まされている人の笑い声とは思えない。
散々笑った後で、ダミアンは笑いに震えながらペンを走らせた。
『わかった。では君の望む通りに進める。何か、お父さまに伝えておきたいことはある? それとも直接言いに行く?』
「そうですわね……。直接会うのはもうごめんですから……」
レイチェルそばに立つ書記官を見る。彼は慌ててペンを構えた。
「ではこう伝えてくださる? 『いいか、決して逃げるでないぞ。もし逃げたら必ず探し出して、死んだ方がマシだと思う目に遭わせるからな』と」
初めて会った日に、レイチェルがマルセル伯爵から言われた言葉。それを一字一句違えず、そのまま突き返してやることにする。
「承知いたしました! こちら伝えさせていただきます!」
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