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「ああ、レイチェル! 会えて嬉しいわ」
「さあ可愛いお顔を、もっと母さんと父さんに見せてくれ」
数ヶ月ぶりに会った両親は、泣きながらレイチェルを抱きしめた。
ここはレイチェルやダミアンが暮らす離宮の一室。
レイチェルは、ついに両親をマルセル伯爵の監視下から連れ出すことにしたのだ。当初はマルセル伯爵を追放した後、安全な国を探しそこに身を隠す計画を立てていたが、王宮医なら母の病気を治せるかもしれないことが判明。散々悩んだ末に連れてきたのは、ダミアンの後押しがあったからだ。
『離宮に連れてくれば、僕が手出しをさせない』
彼にしては珍しく力強い筆跡で書かれたその一文は、王族らしい威厳に溢れていた。もう大丈夫だと、レイチェルが思えるほどに。
だからレイチェルは決行した。そのタイミングでもう一人、呼び寄せる。
「本当に、なんとお礼を申し上げたらいいのか……! 妃殿下には感謝しても、しきれません」
そう言って頭を垂れた若い騎士は、何を隠そう、クリスティーナの恋人だった。彼はマルセル伯爵の手によって北の僻地に飛ばされていたのだが、それをダミアンの護衛騎士として連れ戻したのだ。ダミアン付きになれば、マルセル伯爵にも手は出せない。そうしてゆくゆくは、手紙でマルセル伯爵のことを報告してくれているクリスティーナと再会させるつもりだった。
全てがうまくいっていた。行き過ぎ、とも言えるほどに。
――だからレイチェルは、油断していたのだ。
「妃殿下、妹と名乗る方がお見えになっております。お会いされますか?」
やってきたのは、最近小間使いとして入った少年。両親のために新しい小間使いを何人か増やしており、この少年もその一人だった。
「妹?」
「はい、名をレイチェルと。妃殿下とよく似ていらっしゃって……泣いておりました」
まだ関係性をよく把握できていないのだろう。小間使いは自信なさげに答えた。
(レイチェルの名を知っていて、なおかつよく似ている人物と言えばクリスティーナよね? どうしたのかしら?)
何か深刻な事態になっているのだろうか。泣いているという言葉に、レイチェルは慌てて飛び出していく。足早に歩きながら小間使いに確認する。
「お父さまも一緒?」
「ええと、お父君はいらっしゃらなかったと思いますが……」
「そう、ならいいわ」
案内されたのは、貴賓室から少し離れた庭の片隅。そこでクリスティーナは、草むらに隠れるようにして泣いていた。
小間使いを帰らせ慌てて駆け寄ると、クリスティーナが泣きながらレイチェルに謝る。
「ごめんなさい、レイチェルさま、わたくし……」
「一体どうしたの? 何があって?」
「何かあったのは、お前の方だ。この偽物めが!」
冷たい声が、レイチェルの耳朶を打った。急いで振り向いた先には、レイチェルの逃げ道を塞ぐようにマルセル伯爵が立っていた。彼はいつもの豪華な服ではなく、質素な制服を着ている。――どうやらクリスティーナの従者として紛れ込んでいたらしい。
「あらまあ……。お父さま、いつから従者の真似事を始めましたの?」
「ふざけたことを! 私を門前払いするから、こうするしかなかったんだ!」
ダミアンの計らいか、知らぬうちにマルセル伯爵は門前払いされていたらしい。怒った牛のようにのっしのっしとやってきたマルセル伯爵が、ガッとレイチェルの腕を掴む。
「痛いですわ。落ち着いてくださいまし」
「何が落ち着いてだ! 言え! お前の両親をどこに隠した!」
マルセル伯爵の顔は怒りのあまりドス黒く変色し、目はギョロギョロと血走り、まるで狂人のよう。
(油断しましたわ……! まさか変装してやってくるなんて)
「さあ可愛いお顔を、もっと母さんと父さんに見せてくれ」
数ヶ月ぶりに会った両親は、泣きながらレイチェルを抱きしめた。
ここはレイチェルやダミアンが暮らす離宮の一室。
レイチェルは、ついに両親をマルセル伯爵の監視下から連れ出すことにしたのだ。当初はマルセル伯爵を追放した後、安全な国を探しそこに身を隠す計画を立てていたが、王宮医なら母の病気を治せるかもしれないことが判明。散々悩んだ末に連れてきたのは、ダミアンの後押しがあったからだ。
『離宮に連れてくれば、僕が手出しをさせない』
彼にしては珍しく力強い筆跡で書かれたその一文は、王族らしい威厳に溢れていた。もう大丈夫だと、レイチェルが思えるほどに。
だからレイチェルは決行した。そのタイミングでもう一人、呼び寄せる。
「本当に、なんとお礼を申し上げたらいいのか……! 妃殿下には感謝しても、しきれません」
そう言って頭を垂れた若い騎士は、何を隠そう、クリスティーナの恋人だった。彼はマルセル伯爵の手によって北の僻地に飛ばされていたのだが、それをダミアンの護衛騎士として連れ戻したのだ。ダミアン付きになれば、マルセル伯爵にも手は出せない。そうしてゆくゆくは、手紙でマルセル伯爵のことを報告してくれているクリスティーナと再会させるつもりだった。
全てがうまくいっていた。行き過ぎ、とも言えるほどに。
――だからレイチェルは、油断していたのだ。
「妃殿下、妹と名乗る方がお見えになっております。お会いされますか?」
やってきたのは、最近小間使いとして入った少年。両親のために新しい小間使いを何人か増やしており、この少年もその一人だった。
「妹?」
「はい、名をレイチェルと。妃殿下とよく似ていらっしゃって……泣いておりました」
まだ関係性をよく把握できていないのだろう。小間使いは自信なさげに答えた。
(レイチェルの名を知っていて、なおかつよく似ている人物と言えばクリスティーナよね? どうしたのかしら?)
何か深刻な事態になっているのだろうか。泣いているという言葉に、レイチェルは慌てて飛び出していく。足早に歩きながら小間使いに確認する。
「お父さまも一緒?」
「ええと、お父君はいらっしゃらなかったと思いますが……」
「そう、ならいいわ」
案内されたのは、貴賓室から少し離れた庭の片隅。そこでクリスティーナは、草むらに隠れるようにして泣いていた。
小間使いを帰らせ慌てて駆け寄ると、クリスティーナが泣きながらレイチェルに謝る。
「ごめんなさい、レイチェルさま、わたくし……」
「一体どうしたの? 何があって?」
「何かあったのは、お前の方だ。この偽物めが!」
冷たい声が、レイチェルの耳朶を打った。急いで振り向いた先には、レイチェルの逃げ道を塞ぐようにマルセル伯爵が立っていた。彼はいつもの豪華な服ではなく、質素な制服を着ている。――どうやらクリスティーナの従者として紛れ込んでいたらしい。
「あらまあ……。お父さま、いつから従者の真似事を始めましたの?」
「ふざけたことを! 私を門前払いするから、こうするしかなかったんだ!」
ダミアンの計らいか、知らぬうちにマルセル伯爵は門前払いされていたらしい。怒った牛のようにのっしのっしとやってきたマルセル伯爵が、ガッとレイチェルの腕を掴む。
「痛いですわ。落ち着いてくださいまし」
「何が落ち着いてだ! 言え! お前の両親をどこに隠した!」
マルセル伯爵の顔は怒りのあまりドス黒く変色し、目はギョロギョロと血走り、まるで狂人のよう。
(油断しましたわ……! まさか変装してやってくるなんて)
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