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ぺちん、と禿げあがった頭を叩いて先生が二人を指さす。いかにも育ちのいいお坊ちゃま、と言った風情の役人たちが慌てて頭を下げた。
「この二人はわしが現役だった頃の補佐官での。殿下の気象観測のことを話したらぜひ見せて欲しいと頼まれたので、連れてきたんじゃ」
「わたくしが許可しましたの。もし嫌ならおっしゃってくださいませ、殿下」
ダミアンには同世代の友達がいない。というよりそもそも友達がいない。だから先生から話を聞いた時、レイチェルは考えたのだ。あわよくばこの二人を、部下兼友達にできないものかと。
こう見えて二人ともいい家の令息であるため、彼らがダミアンの人となりを知れば、評判回復の役目を果たしてくれる可能性もある。
――そうしたレイチェルの下心ありありの企みは、見事成功した。
例の二人はダミアンに負けず劣らずの“気象愛好家”だったようで、
「すごい! 緻密! すごい! 王宮に保管してあるものより詳細に書いてある!」
「一体何年分あるんですかこの資料! まさかこれをずっとお一人で!?」
と、キャッキャと盛り上がったかと思うと、ダミアンを即“優秀な研究者”の座に置いて、崇め始めてしまったのだ。
始めはひたすらブスッとしていたダミアンも――ちなみにこれは彼の照れ隠しの癖である――褒め言葉の猛攻撃に、あっさり陥落。気がつけば手帳を駆使しながら、二人とすっかり打ち解けてしまっていた。
そんな穏やかな日々を過ごすうちに、気づけばダミアンにはささやかな変化が訪れ始めていた。
まず、数ヶ月にわたる必死の食生活改善と運動により、劇的に痩せた。
多少のぽっちゃりさは残っているものの、肉に埋もれていた各所のパーツが明確に現れ始め、同時に良質なお肉を摂取したからか、はたまた単に成長期のおかげなのか、背がすくすく伸び始めた。
人とは恐ろしいもので、外見が変わると、その人の評価が百八十度変わってしまうこともある。
「ねえ、最近のダミアン殿下って、ちょっとステキじゃない?」
「わかる。あのくらいのぽっちゃりなら、全然アリよね」
なんて、多少失礼な侍女たちの噂話も聞こえてくるくらい。
次に、以前は酷かった癇癪――気に入らないとすぐに物を投げる癖――が激減、いや、消滅したと言ってもいい。これは純粋に自分のおかげだと、レイチェルは自負していた。
なぜならダミアンが物を投げるのは、どもりによって意思疎通がうまくできない時だ。そのためレイチェルは常に彼に付き添い、周りとの橋渡し役となることで、癇癪の元を断ち切ることに成功した。
おかげで最近のダミアンは、憑き物が落ちたかのように、穏やかとも言える人物になっている。
これには国王や王妃、兄王子までもがレイチェルに礼を述べに現れ、特に王妃は泣きながらレイチェルの手に口付けさえ落とした。王妃は母として、ずっとダミアンのことを思いながらも、うまく助けてあげられなかったらしい。こぼれる涙に長年の苦悩が見えた気がして、レイチェルはそっと細い手を握り返した。
さらに、ダミアンが一人で黙々と続けていた気象観測と研究は相当なものだったらしい。先生と二人の補佐官だけでなく、気付けば色んな人が彼を頼ってくるようになった。
農作物の育ちは天気によって左右され、航海士たちの安全も海の天気にかかっている。その他にも大雨や日照りなどの天災対策、戦で天候を利用した戦い方など、天気予測の活用法は多岐にわたる。
彼の記録した天気記録と予測情報を求め、小さな研究室には、ひっきりなしに人が訪れるようになっていた。
「この二人はわしが現役だった頃の補佐官での。殿下の気象観測のことを話したらぜひ見せて欲しいと頼まれたので、連れてきたんじゃ」
「わたくしが許可しましたの。もし嫌ならおっしゃってくださいませ、殿下」
ダミアンには同世代の友達がいない。というよりそもそも友達がいない。だから先生から話を聞いた時、レイチェルは考えたのだ。あわよくばこの二人を、部下兼友達にできないものかと。
こう見えて二人ともいい家の令息であるため、彼らがダミアンの人となりを知れば、評判回復の役目を果たしてくれる可能性もある。
――そうしたレイチェルの下心ありありの企みは、見事成功した。
例の二人はダミアンに負けず劣らずの“気象愛好家”だったようで、
「すごい! 緻密! すごい! 王宮に保管してあるものより詳細に書いてある!」
「一体何年分あるんですかこの資料! まさかこれをずっとお一人で!?」
と、キャッキャと盛り上がったかと思うと、ダミアンを即“優秀な研究者”の座に置いて、崇め始めてしまったのだ。
始めはひたすらブスッとしていたダミアンも――ちなみにこれは彼の照れ隠しの癖である――褒め言葉の猛攻撃に、あっさり陥落。気がつけば手帳を駆使しながら、二人とすっかり打ち解けてしまっていた。
そんな穏やかな日々を過ごすうちに、気づけばダミアンにはささやかな変化が訪れ始めていた。
まず、数ヶ月にわたる必死の食生活改善と運動により、劇的に痩せた。
多少のぽっちゃりさは残っているものの、肉に埋もれていた各所のパーツが明確に現れ始め、同時に良質なお肉を摂取したからか、はたまた単に成長期のおかげなのか、背がすくすく伸び始めた。
人とは恐ろしいもので、外見が変わると、その人の評価が百八十度変わってしまうこともある。
「ねえ、最近のダミアン殿下って、ちょっとステキじゃない?」
「わかる。あのくらいのぽっちゃりなら、全然アリよね」
なんて、多少失礼な侍女たちの噂話も聞こえてくるくらい。
次に、以前は酷かった癇癪――気に入らないとすぐに物を投げる癖――が激減、いや、消滅したと言ってもいい。これは純粋に自分のおかげだと、レイチェルは自負していた。
なぜならダミアンが物を投げるのは、どもりによって意思疎通がうまくできない時だ。そのためレイチェルは常に彼に付き添い、周りとの橋渡し役となることで、癇癪の元を断ち切ることに成功した。
おかげで最近のダミアンは、憑き物が落ちたかのように、穏やかとも言える人物になっている。
これには国王や王妃、兄王子までもがレイチェルに礼を述べに現れ、特に王妃は泣きながらレイチェルの手に口付けさえ落とした。王妃は母として、ずっとダミアンのことを思いながらも、うまく助けてあげられなかったらしい。こぼれる涙に長年の苦悩が見えた気がして、レイチェルはそっと細い手を握り返した。
さらに、ダミアンが一人で黙々と続けていた気象観測と研究は相当なものだったらしい。先生と二人の補佐官だけでなく、気付けば色んな人が彼を頼ってくるようになった。
農作物の育ちは天気によって左右され、航海士たちの安全も海の天気にかかっている。その他にも大雨や日照りなどの天災対策、戦で天候を利用した戦い方など、天気予測の活用法は多岐にわたる。
彼の記録した天気記録と予測情報を求め、小さな研究室には、ひっきりなしに人が訪れるようになっていた。
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