6 / 20
06
しおりを挟む
「で、いつ来るのかしら。あの方は」
新婚夫婦のために与えられた離宮の一室、広いベッドに鎮座しながらレイチェルはイライラしたように言った。
先ほどから、ヒラッヒラでフリッフリのナイトドレスに身を包んで夫となった人物を待っているのだが、待てども暮らせども一向に来る気配がない。
(一体何をしていますの? 無事にことが終われば、わたくしは解放されますというのに……)
待ち疲れて、気分がささくれ立ち始めている。こう言うのは待っている側だって緊張するのだ。
(それともまさか、来ないつもり?)
何せ結婚式では、まともに顔も見えないぐらい露骨にレイチェルのことを避けていた。ありえない話ではない。
「ならば、私から行くまでですわ!」
レイチェルはガウンを羽織ると、柔らかなスリッパを履いて部屋を飛び出した。どうも一度死んでから、恥じらいもどこかに落としてきてしまったらしく、淑女らしくない振る舞いも平気でできる。
そうして捕まえた侍女に案内させた小さな部屋で、文机を前にぼんやりと座るダミアン王子の姿を見つけたのだ。
「見つけましたわ! ここにいらっしゃいましたのね!」
人払いをし、扉を開けるなり叫んだレイチェルを見て、王子の口から「ヒィッ」と悲鳴が漏れる。そのままズンズンと詰め寄ると、ダミアン王子は狼に遭遇した豚のように慌てふためき、後ずさった。
「く、く、っ、く、くる、くる、くるな!」
(どもり持ちというのは本当ですわね。でも、お顔は意外と悪くないんじゃなくて?)
レイチェルは目の前の夫をじっくりと観察した。
色々と肉に埋もれているせいで到底美男には見えないが、大きな青い瞳はぱっちりとしてまあ可愛いと言えなくもないし、白豚と呼ばれるだけあってお肌は陶器のように滑らか。くるりと巻き気味の金髪もなかなか綺麗な色をしていて、全体的に覚悟していたほど酷くはない。……気がする。
「き、き、きみ、きみは! な、なん、なん、なんなん、だ!」
(こんな短い単語を話すのに、そんなに時間がかかりますの? ……大変そうだわ)
真っ赤になった顔からして、本当はもっと言いたいことがたくさんあるのだろう。だが重度のどもりのせいで、ほとんどが言えてないようだ。
彼はレイチェルに立ち去る気配がないことを知ると、そばの長椅子にあったクッションを手当たり次第投げ始めた。
「あ、あ、あ、あっち! あっち!」
「きゃっ!」
(怒って物を投げるという話も本当ですわね!)
何とか避けるが、すぐさま追加のクッションやらブランケットやらが手当たり次第に飛んでくる。幸いなのは、花瓶などの危険物が混じってなかったことだろうか。
(――いえ、混じってないんじゃなくて、最初から置いてないんですわね、きっと)
レイチェルは考え直した。
離宮とは言え王族が住まう場所に、花瓶の一つも置いてないわけがない。これはダミアン王子の癖を知っている周囲のものが、わざと置かなかったのだろう。
(それだけ、殿下の性格が知れ渡っているということ……)
眉をひそめて、レイチェルは再度目の前にいる王子を観察した。
新婚夫婦のために与えられた離宮の一室、広いベッドに鎮座しながらレイチェルはイライラしたように言った。
先ほどから、ヒラッヒラでフリッフリのナイトドレスに身を包んで夫となった人物を待っているのだが、待てども暮らせども一向に来る気配がない。
(一体何をしていますの? 無事にことが終われば、わたくしは解放されますというのに……)
待ち疲れて、気分がささくれ立ち始めている。こう言うのは待っている側だって緊張するのだ。
(それともまさか、来ないつもり?)
何せ結婚式では、まともに顔も見えないぐらい露骨にレイチェルのことを避けていた。ありえない話ではない。
「ならば、私から行くまでですわ!」
レイチェルはガウンを羽織ると、柔らかなスリッパを履いて部屋を飛び出した。どうも一度死んでから、恥じらいもどこかに落としてきてしまったらしく、淑女らしくない振る舞いも平気でできる。
そうして捕まえた侍女に案内させた小さな部屋で、文机を前にぼんやりと座るダミアン王子の姿を見つけたのだ。
「見つけましたわ! ここにいらっしゃいましたのね!」
人払いをし、扉を開けるなり叫んだレイチェルを見て、王子の口から「ヒィッ」と悲鳴が漏れる。そのままズンズンと詰め寄ると、ダミアン王子は狼に遭遇した豚のように慌てふためき、後ずさった。
「く、く、っ、く、くる、くる、くるな!」
(どもり持ちというのは本当ですわね。でも、お顔は意外と悪くないんじゃなくて?)
レイチェルは目の前の夫をじっくりと観察した。
色々と肉に埋もれているせいで到底美男には見えないが、大きな青い瞳はぱっちりとしてまあ可愛いと言えなくもないし、白豚と呼ばれるだけあってお肌は陶器のように滑らか。くるりと巻き気味の金髪もなかなか綺麗な色をしていて、全体的に覚悟していたほど酷くはない。……気がする。
「き、き、きみ、きみは! な、なん、なん、なんなん、だ!」
(こんな短い単語を話すのに、そんなに時間がかかりますの? ……大変そうだわ)
真っ赤になった顔からして、本当はもっと言いたいことがたくさんあるのだろう。だが重度のどもりのせいで、ほとんどが言えてないようだ。
彼はレイチェルに立ち去る気配がないことを知ると、そばの長椅子にあったクッションを手当たり次第投げ始めた。
「あ、あ、あ、あっち! あっち!」
「きゃっ!」
(怒って物を投げるという話も本当ですわね!)
何とか避けるが、すぐさま追加のクッションやらブランケットやらが手当たり次第に飛んでくる。幸いなのは、花瓶などの危険物が混じってなかったことだろうか。
(――いえ、混じってないんじゃなくて、最初から置いてないんですわね、きっと)
レイチェルは考え直した。
離宮とは言え王族が住まう場所に、花瓶の一つも置いてないわけがない。これはダミアン王子の癖を知っている周囲のものが、わざと置かなかったのだろう。
(それだけ、殿下の性格が知れ渡っているということ……)
眉をひそめて、レイチェルは再度目の前にいる王子を観察した。
1
お気に入りに追加
355
あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ
奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。
スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな
ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。
もう一度言おう。ヒロインがいない!!
乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。
※ざまぁ展開あり

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?
naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。
私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。
しかし、イレギュラーが起きた。
何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる