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クロードがナーバ帝国に向かってから一ヶ月、王宮の方でもクロードの行方をごまかすのに限界がき始めているようで、人々の間ではヒソヒソと第二王子の行方が色々な噂と共に取り沙汰されていた。けれどリュシエルはどんな噂話にも興味が持てず、ただ沈んだ日々を過ごしていた。
そんなある日、妹であり一番の癒しの存在であるアンジェラが母と茶会に出かけてしまい、一人自室で手持ち無沙汰に過ごしているところに、控えめなノックが聞こえてくる。
「……リュシー、今から少しだけ出れるかい?」
やってきたのはエドガーだ。
「ええ、構いませんけれど、どこに行くのですか?」
「いや、すぐそこだ。裏口にね、お前に会いたいという人物が来ている」
「私に……?」
リュシエルはいぶかしみながらエドガーについていった。兄が呼ぶということは怪しい人物ではないのだろうが、なぜわざわざ裏口に? と頭の中は疑問でいっぱいになる。
そして連れて行かれた裏口にいた人物を見て、リュシエルは口を押さえてハラハラと涙を流した。
「クロード様……!」
クロードはフードがついた黒のマントに旅装束という、普段の彼からは考えられない格好をしていた。その顔は少しやつれ、無精髭まで生えている。クロードはリュシエルが泣いていることに気づくと、慌てて駆け寄り、涙をぐいと親指で拭った。
「どうしたんだリュシー。一体何があったんだ?」
「いえ……ごめんなさい、久々にクロード様に会えたのが嬉しくて」
正直に言うと、クロードは笑った。まさかそんなことで泣いているとは思わなかったのだろう。
「何やら心配させてしまったね。悪かった。どうしても秘密裏に行わねばならないことだったから、君には何も言えなかったんだ」
「クロード様、それはどういう……?」
話についていけず、リュシエルが訪ねようとするのを、クロードがさえぎる。
「その前に、言わせてほしい」
かしこまったように咳払いをして、クロードが緊張した面持ちでその場にひざまずき、リュシエルの両手を取る。何が起きるのかわからなくて戸惑うリュシエルの瞳を、クロードの濃紺の瞳が真っ直ぐ見つめた。
「リュシエル・ベクレル嬢。……私と、結婚してくれないか」
「えっ……!?」
何を言われているのか、すぐには理解できなかった。
「本当は、もっと綺麗な格好で、もっとロマンチックな場所で言えたら良かったんだが……久しぶりに見た君があまりに可愛くてつい」
一方のクロードは、何やらはにかみながら言っている。その顔は照れと嬉しさで紅潮しており、嘘を言っているようには見えない。
「なっ……どっ……、へ、変ですわ! 私が可愛いなんて、そんなこと!」
動揺のあまりトンチンカンな部分に突っ込めば、クロードが真顔で返す。
「ずっと言おうと思ってたけど、君は可愛いよ。笑うと目が細くなるところも可愛いし、アンジェラの面倒をせっせと見てる君も可愛い。何より、いつも自分にできる精いっぱいをしようと努力している健気な姿は、とても可愛いと思う」
「な……!? な……!?」
「だから好きになった。好きになったら君はもっと可愛くなった」
臆面もなく言ってのけるクロードとは逆に、リュシエルは顔を真っ赤にして何も言えなくなってしまった。まさかそんな風にクロードが思っていたなんて、夢にも思わなかったのだ。
「……だから、返事を聞かせてほしい。リュシエル、私と結婚してくれないか?」
リュシエルは言葉の代わりにコクコクと頷いた。これは夢だろうか? もし夢なら、一生覚めないで欲しいと願う。
「ああ、良かった! ずっとこの日を夢見ていたんだ。あとは父に報告するだけだ」
(あれ、でもヤーラ皇女のことは……?)
リュシエルははたとヤーラ皇女のことを思い出した。
そんなある日、妹であり一番の癒しの存在であるアンジェラが母と茶会に出かけてしまい、一人自室で手持ち無沙汰に過ごしているところに、控えめなノックが聞こえてくる。
「……リュシー、今から少しだけ出れるかい?」
やってきたのはエドガーだ。
「ええ、構いませんけれど、どこに行くのですか?」
「いや、すぐそこだ。裏口にね、お前に会いたいという人物が来ている」
「私に……?」
リュシエルはいぶかしみながらエドガーについていった。兄が呼ぶということは怪しい人物ではないのだろうが、なぜわざわざ裏口に? と頭の中は疑問でいっぱいになる。
そして連れて行かれた裏口にいた人物を見て、リュシエルは口を押さえてハラハラと涙を流した。
「クロード様……!」
クロードはフードがついた黒のマントに旅装束という、普段の彼からは考えられない格好をしていた。その顔は少しやつれ、無精髭まで生えている。クロードはリュシエルが泣いていることに気づくと、慌てて駆け寄り、涙をぐいと親指で拭った。
「どうしたんだリュシー。一体何があったんだ?」
「いえ……ごめんなさい、久々にクロード様に会えたのが嬉しくて」
正直に言うと、クロードは笑った。まさかそんなことで泣いているとは思わなかったのだろう。
「何やら心配させてしまったね。悪かった。どうしても秘密裏に行わねばならないことだったから、君には何も言えなかったんだ」
「クロード様、それはどういう……?」
話についていけず、リュシエルが訪ねようとするのを、クロードがさえぎる。
「その前に、言わせてほしい」
かしこまったように咳払いをして、クロードが緊張した面持ちでその場にひざまずき、リュシエルの両手を取る。何が起きるのかわからなくて戸惑うリュシエルの瞳を、クロードの濃紺の瞳が真っ直ぐ見つめた。
「リュシエル・ベクレル嬢。……私と、結婚してくれないか」
「えっ……!?」
何を言われているのか、すぐには理解できなかった。
「本当は、もっと綺麗な格好で、もっとロマンチックな場所で言えたら良かったんだが……久しぶりに見た君があまりに可愛くてつい」
一方のクロードは、何やらはにかみながら言っている。その顔は照れと嬉しさで紅潮しており、嘘を言っているようには見えない。
「なっ……どっ……、へ、変ですわ! 私が可愛いなんて、そんなこと!」
動揺のあまりトンチンカンな部分に突っ込めば、クロードが真顔で返す。
「ずっと言おうと思ってたけど、君は可愛いよ。笑うと目が細くなるところも可愛いし、アンジェラの面倒をせっせと見てる君も可愛い。何より、いつも自分にできる精いっぱいをしようと努力している健気な姿は、とても可愛いと思う」
「な……!? な……!?」
「だから好きになった。好きになったら君はもっと可愛くなった」
臆面もなく言ってのけるクロードとは逆に、リュシエルは顔を真っ赤にして何も言えなくなってしまった。まさかそんな風にクロードが思っていたなんて、夢にも思わなかったのだ。
「……だから、返事を聞かせてほしい。リュシエル、私と結婚してくれないか?」
リュシエルは言葉の代わりにコクコクと頷いた。これは夢だろうか? もし夢なら、一生覚めないで欲しいと願う。
「ああ、良かった! ずっとこの日を夢見ていたんだ。あとは父に報告するだけだ」
(あれ、でもヤーラ皇女のことは……?)
リュシエルははたとヤーラ皇女のことを思い出した。
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